WT7-C10|歴史総合・世界史探究 対策問題
1972年のニクソン米大統領の訪中について述べた文として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 2
正解
中ソ対立を背景に米中が接近し、国際関係の構図を大きく変えた
この問題のポイント
ニクソン訪中の意義を問う問題。中ソ対立を背景とする米中接近が国際関係の構図を変えた、という理解で解ける。
解説
1960年代、社会主義陣営の中では中ソ対立が深刻化し、1969年には両国が国境(珍宝島など)で武力衝突するまでに至った。
ベトナム戦争に行き詰まっていたアメリカは、この対立に着目した。中国と手を結べばソ連を牽制し、ベトナムからの撤退も進めやすくなる。こうしてニクソン大統領は1972年2月、電撃的に中国を訪問し、毛沢東・周恩来と会談した。
前年の1971年には、中華人民共和国が中華民国(台湾)に代わって国連の代表権を獲得していた。
米中接近の衝撃は日本を動かし、1972年9月の日中国交正常化(田中角栄訪中)につながった。米中の国交正常化自体は1979年である。
ひっかけポイント
「中ソ対立→米中接近→日中国交正常化」という玉突きの連鎖が最頻出。国連代表権の獲得は訪中の前年1971年であり、軍事同盟は結んでいない。
選択肢の確認
①「訪中は秘密にされ公表されなかった」
❌ 誤り。
キッシンジャーの事前訪問は秘密だったが、ニクソンの訪中は公表され、テレビでも大きく報じられた。
②「中ソ対立を背景に米中が接近し、国際関係の構図を大きく変えた」
✅ 正しい。
正解。中ソ対立とベトナム戦争の行き詰まりを背景に、ニクソンは1972年に訪中して米中関係を正常化へ向かわせ、国際関係の構図を大きく変えた。
③「アメリカと中国が軍事同盟を結んだ」
❌ 誤り。
米中は関係改善に踏み出したが軍事同盟は結んでおらず、国交樹立は1979年である。
④「この訪問で中華民国が国連に復帰した」
❌ 誤り。
中華人民共和国が国連の代表権を得たのは1971年で、中華民国は議席を失っており、復帰していない。
覚えるポイント
- ニクソン訪中は1972年2月、背景は中ソ対立
- 中国の国連代表権獲得は1971年
- 日中国交正常化は1972年9月、米中国交樹立は1979年
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。