WT7-C09歴史総合・世界史探究 対策問題

世界史探究E 地球世界の課題(1) 国際機構の形成と平和への模索

1968年のチェコスロヴァキアで起こった「プラハの春」について述べた文として正しいものはどれか。

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正解: 2

正解

ドプチェクの「人間の顔をした社会主義」の改革が、ワルシャワ条約機構軍の介入で押しつぶされた

この問題のポイント

プラハの春を問う問題。ドプチェクの改革がワルシャワ条約機構軍の介入で圧殺された、という構図で解ける。

解説

1968年、チェコスロヴァキアではドプチェクが指導者となり、検閲の廃止や経済改革など「人間の顔をした社会主義」を掲げる自由化を進めた。この改革運動を「プラハの春」と呼ぶ。
改革が波及することを恐れたソ連は、同年8月、ワルシャワ条約機構軍を投入してチェコスロヴァキアを占領し、改革を押しつぶした。
ソ連のブレジネフは「社会主義共同体全体の利益は各国の主権に優先する」という制限主権論(ブレジネフ・ドクトリン)でこの介入を正当化した。
のちにゴルバチョフがこの制限主権論を放棄したことが、1989年の東欧革命を可能にする。20年越しの伏線として押さえたい。

ひっかけポイント
ハンガリー事件(1956年・ナジ)とプラハの春(1968年・ドプチェク)の年・指導者・スローガンの入れ替えが最頻出。介入したのは西側ではなくワルシャワ条約機構軍である。

選択肢の確認

①「宗教改革運動の一つである」
誤り。
これは社会主義体制のあり方を問う改革運動であり、宗教改革とは無関係である。

②「ドプチェクの「人間の顔をした社会主義」の改革が、ワルシャワ条約機構軍の介入で押しつぶされた」
正しい。
正解。1968年にドプチェク指導部が人間の顔をした社会主義を掲げて改革を進めたが、ワルシャワ条約機構軍の軍事介入で圧殺された。

③「改革は成功して市場経済へ移行した」
誤り。
改革は軍事介入で挫折しており、市場経済への移行は1989年の民主化以後のことである。

④「西側諸国が軍事介入した事件である」
誤り。
介入したのはソ連を中心とするワルシャワ条約機構軍であり、西側諸国ではない。

覚えるポイント

  • プラハの春は1968年、ドプチェクの自由化改革
  • ワルシャワ条約機構軍の介入で圧殺
  • ブレジネフの制限主権論が介入を正当化

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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