KZ-R6TB-04|歴史総合・世界史探究 対策問題
同じグラフの1971年、台湾(中華民国)に起こった国際的な地位の変化はどれか。

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正解: 4
正解
国連の代表権を失い、中華人民共和国が代表権を得た
この問題のポイント
1971年に台湾(中華民国)に起こった国際的地位の変化を問う問題。国連代表権が中華人民共和国へ移ったアルバニア決議の年号知識で解ける。
解説
国連発足時から「中国」の代表権を持っていたのは、蒋介石の中華民国(1949年以降は台湾)だった。しかし1960年代に新興独立国が増えると、大陸の中華人民共和国を正統とみなす国が多数派になっていく。
1971年、国連総会はアルバニア決議を採択し、中国の代表権(安保理常任理事国の地位を含む)は中華人民共和国へ移った。中華民国は国連を脱退する。
翌1972年にはニクソン米大統領の訪中、日中国交正常化が続き、台湾は日米と断交して外交的に孤立した。
台湾はこの孤立の中で経済成長に活路を求めた。グラフの起点1971年は、その転換点を示す年号である。
ひっかけポイント
「日本と国交樹立」は逆で、1972年の日中国交正常化により日本は台湾と断交した。1971年(代表権交替)と1972年(米中接近・日中正常化)の年の順序も頻出。
選択肢の確認
①「国連の常任理事国となった」
❌ 誤り。
中華民国は国連創設時から常任理事国だったが、1971年はその地位を失った年であり、新たに獲得したのではない。
②「日本と国交を樹立した」
❌ 誤り。
1972年に日本が国交を正常化したのは中華人民共和国であり、同時に中華民国とは断交した。
③「オリンピックの開催地に決まった」
❌ 誤り。
1971年に台湾がオリンピックの開催地に決まった事実はない。
④「国連の代表権を失い、中華人民共和国が代表権を得た」
✅ 正しい。
1971年の国連総会決議で中国の代表権は中華人民共和国へ移り、中華民国は国連を去った。翌1972年のニクソン訪中・日中国交正常化へと続く画期である。
覚えるポイント
- 1971年アルバニア決議で中国代表権は中華人民共和国へ
- 1972年ニクソン訪中・日中共同声明
- 台湾は外交孤立の中で経済成長を追求
共通テスト攻略
- 資料を先に観察:題名・年代・作成者・注記・凡例・単位を確認し、資料に直接示された事実と、知識から推測した内容を分ける。
- 既習事項と接続:資料中の固有名詞・制度・数量の変化を手掛かりに、同時代の政治・社会・対外関係へ結び付ける。資料にないことを印象だけで補わない。
- 比較軸をそろえる:二つの時代・地域を、政治の担い手、土地・税制、対外関係、社会への影響など同じ軸で比べ、共通点と相違点を混同しない。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。