WT4-A21|歴史総合・世界史探究 対策問題
アメリカが1899年に発した門戸開放宣言の内容として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 1
正解
中国市場の門戸開放・機会均等を列強に求めた
この問題のポイント
アメリカの門戸開放宣言の内容を問う問題。「中国市場の門戸開放・機会均等・領土保全を列強に求めた」という趣旨と、出遅れたアメリカという背景を押さえる。
解説
1890年代末、列強が競って中国に租借地と勢力圏を設定するなか、アメリカは米西戦争への対応もあって中国分割に出遅れていた。しかしフィリピンを獲得した今、太平洋の先にある巨大な中国市場を逃すわけにはいかなかった。
そこで国務長官ジョン・ヘイは、1899年に門戸開放・機会均等を、1900年には領土保全を列強に通告した。これが門戸開放宣言である。要するに「各国の勢力圏を認める代わりに、その中での通商の機会は各国平等にせよ。中国の領土は分割するな」という主張で、後発国アメリカが割り込むための外交原則だった。
この原則はその後のアメリカ極東政策の柱となり、ワシントン会議の九カ国条約(1922年)で国際的な取り決めに格上げされた。
そして1931年の満洲事変以降、中国の領土保全を破って勢力圏を広げる日本と、門戸開放原則を掲げるアメリカの対立が深まっていく。門戸開放宣言は、太平洋戦争に至る日米対立を測る「物差し」として機能したのである。
ひっかけポイント
門戸開放は「アメリカ市場の開放」ではなく「中国市場を列強に平等に開かせる」要求という主語の取り違えに注意。3原則(門戸開放・機会均等・領土保全)と九カ国条約への継承もセットで問われる。
選択肢の確認
①「中国市場の門戸開放・機会均等を列強に求めた」
✅ 正しい。
正解。中国分割に出遅れたアメリカは、国務長官ジョン・ヘイの名で1899年に門戸開放・機会均等を、翌年には領土保全を列強に通告した。
②「アメリカ市場を全世界に開放した」
❌ 誤り。
宣言の対象はアメリカ市場ではなく中国市場であり、列強の勢力圏に自国の商業参入を確保することがねらいであった。
③「中国の領土分割を提案した」
❌ 誤り。
宣言はむしろ中国の領土保全をうたい、分割による排他的な勢力圏の固定に歯止めをかけようとするものだった。
④「日本との同盟を提案した」
❌ 誤り。
これは列強一般に向けた通告であり、日本との同盟の提案ではない。日本と同盟を結んだのは1902年のイギリスである。
覚えるポイント
- 門戸開放宣言は1899年、国務長官ジョン・ヘイが通告
- 内容は門戸開放・機会均等(1899年)+領土保全(1900年)
- 九カ国条約(1922年)に継承され、日米対立の基準となる
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。