WT7-C12|歴史総合・世界史探究 対策問題
1979年のソ連のアフガニスタン侵攻の影響として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 4
正解
デタントが崩壊し、「新冷戦」と呼ばれる緊張が再燃した
この問題のポイント
ソ連のアフガニスタン侵攻の影響を問う問題。デタントの崩壊と新冷戦の到来が答え。
解説
1979年12月、ソ連は親ソ政権を支えるためアフガニスタンへ軍事侵攻した。第二次世界大戦後、ソ連軍が東側陣営の外へ出た初の本格的軍事行動である。
これで1970年代のデタント(緊張緩和)は崩壊した。アメリカは第2次戦略兵器制限交渉の批准を見送り、1980年のモスクワ・オリンピックを日本や西ドイツとともにボイコットした。この再燃した緊張を「新冷戦」と呼ぶ。
ソ連軍はイスラーム系ゲリラ(ムジャヒディン)の抵抗に苦しみ、約10年の泥沼の末、1989年に撤退した。
この戦争の消耗はソ連経済と体制の衰退を加速させ、冷戦終結の遠因となった。侵攻(1979年)と撤退(1989年)の両年号が基準点である。
ひっかけポイント
「アフガン侵攻=デタントの終わり」「撤退の1989年=冷戦終結の年」という始点と終点の対応が整序で頻出。ソ連は短期勝利どころか10年の泥沼に陥った。
選択肢の確認
①「米ソ関係がいっそう良好になった」
❌ 誤り。
侵攻はデタント(緊張緩和)を終わらせた出来事であり、米ソ関係が良好だったのは1970年代前半のニクソン・ブレジネフ期で、時期の対応が逆である。
②「ソ連は短期間で完全な勝利を収めた」
❌ 誤り。
ソ連は現地の抵抗勢力のゲリラ戦に苦しんで約10年間泥沼化し、1989年に撤退しているので、短期間の完全勝利ではない。
③「国際関係に影響はなかった」
❌ 誤り。
モスクワ五輪ボイコットや米ソ軍縮交渉の停滞など、国際関係への影響はきわめて大きく、冷戦構造そのものを再緊張させた。
④「デタントが崩壊し、「新冷戦」と呼ばれる緊張が再燃した」
✅ 正しい。
1979年12月のソ連のアフガニスタン侵攻を受け、アメリカはSALT IIの批准を見送り、1980年のモスクワ五輪を西側諸国とともにボイコットするなど、新冷戦と呼ばれる緊張が再燃した。
覚えるポイント
- ソ連のアフガニスタン侵攻は1979年12月
- デタント崩壊→新冷戦、モスクワ五輪ボイコット
- 撤退は1989年、ソ連衰退を加速
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 因果の向きを確認:時期が近いだけで結び付けず、「原因→政策・行動→結果」の順に置き、主体と目的がつながるかを確かめる。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。