WT6-W11|歴史総合・世界史探究 対策問題
1925年に欧州の集団安全保障を定め、ドイツの国際連盟加盟へ道を開いた条約はどれか。
解答・解説を見る
正解: 2
正解
ロカルノ条約
この問題のポイント
1925年の欧州安全保障条約を問う問題。ロカルノ条約と、翌年のドイツ国際連盟加盟の組合せで解ける。
解説
ルール占領の危機を乗り越えた後、ヨーロッパでは国際協調の機運が高まった。中心となったのがドイツ外相シュトレーゼマンとフランス外相ブリアンである。
1925年のロカルノ条約では、ドイツと西側隣国の国境(ライン地方)の現状維持と相互不可侵が約束された。
この条約を条件として、翌1926年、ドイツは国際連盟への加盟を認められ、常任理事国となった。敗戦国ドイツの国際社会復帰である。
さらに1928年には、国策の手段としての戦争を放棄する不戦条約(ブリアン・ケロッグ条約)が成立した。「ロカルノ→連盟加盟→不戦条約」と続く1920年代後半の相対的安定期は、1930年代の崩壊と対比して問われる。
ひっかけポイント
ブレスト・リトフスク条約(1918年・独ソ講和)、サン・ジェルマン条約(対オーストリア講和)、ラパロ条約(1922年・独ソ国交)との名称の混同に注意。
選択肢の確認
①「ラパロ条約」
❌ 誤り。
ラパロ条約は1922年にドイツとソヴィエト・ロシアが国交を回復した条約であり、集団安全保障の枠組みではない。
②「ロカルノ条約」
✅ 正しい。
正解。1925年のロカルノ条約でライン地方の現状維持と相互不可侵が約束され、翌1926年のドイツの国際連盟加盟へ道を開いた。
③「ブレスト・リトフスク条約」
❌ 誤り。
ブレスト・リトフスク条約は1918年にソヴィエト政権がドイツと結んだ単独講和である。
④「サン・ジェルマン条約」
❌ 誤り。
サン・ジェルマン条約は1919年に連合国がオーストリアと結んだ講和条約である。
覚えるポイント
- ロカルノ条約は1925年、ライン国境の現状維持
- 翌1926年ドイツが国際連盟加盟・常任理事国に
- 不戦条約は1928年(ブリアン・ケロッグ条約)
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。