RS-C3-03歴史総合・世界史探究 対策問題

歴史総合C 国際秩序の変化や大衆化と私たち(3) 経済危機と第二次世界大戦

満州事変から国際連盟脱退までの流れとして正しいものはどれか。

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正解: 1

正解

柳条湖事件 → 満州国建国 → リットン調査団の報告 → 国際連盟脱退通告

この問題のポイント

満州事変から国際連盟脱退までの順序を問う整序問題。柳条湖事件→満州国建国→リットン報告→脱退通告、という年号の流れで解ける。

解説

1931年9月18日、関東軍は奉天郊外の柳条湖で南満州鉄道の線路を自ら爆破し、中国側の仕業として軍事行動を開始した(柳条湖事件)。ここから満州事変が始まる。政府の不拡大方針を無視して戦線は拡大した。
1932年3月、関東軍は清朝最後の皇帝溥儀を執政に立てて満州国を建国させた。日本は同年9月の日満議定書で承認する。
中国の提訴を受けた国際連盟はリットン調査団を派遣。報告書は、日本の行動を自衛とは認めず、満州国を自発的な独立国家とは認めなかった。
1933年2月、連盟総会が報告書に基づく勧告を42対1で採択すると、松岡洋右代表は退場し、翌3月、日本は国際連盟脱退を通告した。国際協調から孤立への転換点である。
流れは「1931事変→1932建国→1933脱退」と年号で覚える。

ひっかけポイント
柳条湖事件(1931年・満州事変)と盧溝橋事件(1937年・日中戦争)の混同が最頻出。順序問題は1931→32→33と1年刻みで並ぶことを利用する。

選択肢の確認

①「柳条湖事件 → 満州国建国 → リットン調査団の報告 → 国際連盟脱退通告」
正しい。
1931年の柳条湖事件を口実に関東軍が軍事行動を拡大し、1932年に満州国を建国した。リットン報告を受けた連盟の勧告後、1933年に日本が脱退を通告する順である。

②「国際連盟脱退通告 → 柳条湖事件 → 満州国建国」
誤り。
国際連盟脱退通告は1933年で、1931年の柳条湖事件と1932年の満州国建国より後である。原因と国際的反応の順序が逆転している。

③「リットン調査団の報告 → 柳条湖事件 → 満州国建国」
誤り。
リットン調査団は満州事変後に派遣されたため、その報告が柳条湖事件より先になることはない。柳条湖事件、満州国建国、報告の順である。

④「満州国建国 → 柳条湖事件 → 国際連盟脱退通告」
誤り。
満州国建国は1932年で、その契機となった柳条湖事件は1931年に先行する。建国を事件より前に置いている点が誤りである。

覚えるポイント

  • 柳条湖事件1931年9月=満州事変の発端
  • 満州国建国1932年(執政溥儀)
  • リットン報告→1933年国際連盟脱退通告

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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