WT6-W12|歴史総合・世界史探究 対策問題
第一次世界大戦後のオスマン帝国で起こった出来事として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 1
正解
ムスタファ・ケマルが共和国を樹立し、カリフ制を廃止した
この問題のポイント
大戦後のオスマン帝国の変革を問う問題。ムスタファ・ケマルによるトルコ共和国樹立とカリフ制廃止が答え。
解説
第一次世界大戦に敗れたオスマン帝国は、1920年のセーヴル条約で領土の大半を失う過酷な講和を押しつけられた。
これに対し軍人ムスタファ・ケマルは、アンカラに政府を立てて祖国解放戦争を戦い、侵入したギリシア軍を撃退した。1922年にスルタン制を廃止してオスマン帝国を終わらせ、1923年、連合国とローザンヌ条約を結び直して不平等条約を撤廃、トルコ共和国を樹立した。
1924年には、イスラーム世界の宗教的最高権威であったカリフ制も廃止し、世界に衝撃を与えた。
さらに政教分離(世俗主義)を軸に、文字改革(アラビア文字からローマ字へ)、女性参政権の導入など、急速な近代化を断行した。
ひっかけポイント
セーヴル条約(屈辱の講和)とローザンヌ条約(国権回復)の差し替えの関係が頻出。スルタン制廃止(1922年)とカリフ制廃止(1924年)は別の出来事として区別する。
選択肢の確認
①「ムスタファ・ケマルが共和国を樹立し、カリフ制を廃止した」
✅ 正しい。
正解。ムスタファ・ケマルは祖国解放戦争を経てローザンヌ条約を結び、1923年にトルコ共和国を樹立、翌年カリフ制も廃止した。
②「オスマン帝国が戦勝国として領土を拡大した」
❌ 誤り。
オスマン帝国は同盟国側で敗れ、セーヴル条約で領土を大きく失った。戦勝国ではない。
③「帝国がそのまま20世紀末まで存続した」
❌ 誤り。
帝国は1922年のスルタン制廃止で滅んでおり、20世紀末まで存続していない。
④「全土がイギリスの植民地となった」
❌ 誤り。
アナトリアはケマルらの抵抗で守られ、トルコ共和国として独立を保った。イギリスの植民地にはなっていない。
覚えるポイント
- トルコ共和国樹立は1923年、ムスタファ・ケマル
- セーヴル条約を破棄しローザンヌ条約で国権回復
- カリフ制廃止は1924年、世俗主義の近代化
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。