WT4-A07|歴史総合・世界史探究 対策問題
アロー戦争(第2次アヘン戦争)の結果、1860年に結ばれた北京条約の内容として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 1
正解
外国公使の北京駐在や九竜半島南部の割譲などを認めた
この問題のポイント
アロー戦争の講和である北京条約(1860年)の内容を問う問題。「公使の北京駐在」と「九竜半島南部の割譲」を南京条約と区別できるかがポイント。
解説
アヘン戦争後も貿易が期待ほど伸びなかったイギリスは、条約改定の機会をうかがっていた。1856年、清の官憲が船を臨検したアロー号事件を口実に、宣教師殺害事件を抱えるフランスを誘って出兵した。これがアロー戦争(第2次アヘン戦争)(1856〜60年)である。
英仏軍は広州や天津を占領して1858年に天津条約を結ばせたが、批准をめぐって戦闘が再発し、1860年には北京を占領して離宮の円明園を破壊した。こうして結ばれたのが北京条約である。主な内容は次のとおり。
- 外国公使の北京駐在を承認
- 天津など開港場の追加
- 九竜半島南部をイギリスへ割譲
- キリスト教布教の自由、アヘン貿易の事実上の公認
また講和を仲介したロシアは、その代償として沿海州を獲得し、軍港ウラジヴォストークを建設した。ロシアの南下が日本近海へ迫る画期でもある。
ひっかけポイント
南京条約(1842年・香港島割譲)と北京条約(1860年・九竜半島南部割譲)の獲得地の入れ替えが最頻出。香港島の「返還」やアヘンの「全面禁止」は事実と逆の引っかけ。
選択肢の確認
①「外国公使の北京駐在や九竜半島南部の割譲などを認めた」
✅ 正しい。
1860年の北京条約で清は外国公使の北京駐在、天津の開港、九竜半島南部の割譲、キリスト教布教の自由などを認めた。
②「香港島を返還させた」
❌ 誤り。
香港島は1842年の南京条約でイギリスへ割譲されたままであり、返還は1997年である。
③「アヘン貿易を全面禁止した」
❌ 誤り。
アロー戦争後の条約ではむしろアヘン貿易が公認される方向へ進んでおり、全面禁止とは逆である。
④「清がイギリスに宣戦する権利を認めた」
❌ 誤り。
北京条約は敗れた清が譲歩を重ねた条約であり、清に有利な権利を認めるものではない。
覚えるポイント
- アロー戦争は1856〜60年、英仏が共同出兵
- 北京条約(1860年)で公使の北京駐在・九竜半島南部割譲
- 仲介したロシアが沿海州獲得、ウラジヴォストーク建設
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 因果の向きを確認:時期が近いだけで結び付けず、「原因→政策・行動→結果」の順に置き、主体と目的がつながるかを確かめる。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。