KZ-R7TB-06|歴史総合・世界史探究 対策問題
同じ図の事件が起こった19世紀後半の朝鮮をめぐる国際関係の説明として最も適切なものはどれか。

解答・解説を見る
正解: 1
正解
宗主権を主張する清と、進出を図る日本の対立が深まっていった
この問題のポイント
19世紀後半の朝鮮をめぐる国際関係を問う問題。清の宗主権(冊封体制)と日本の進出(条約体制)の衝突が深まり、日清戦争に至る流れを押さえる。
解説
朝鮮は伝統的に、清を宗主国とあおぐ冊封体制の中にあった。清の皇帝が朝鮮国王を任じるという、東アジアの伝統的な上下関係である。
一方、日本が結ばせた日朝修好条規は、朝鮮を「自主の邦」と規定した。これは対等な主権国家どうしの条約という西洋流の建前を取りつつ、実質的には清の宗主権を否定する意図を含んでいた。
以後、朝鮮国内の親清派と親日派の対立とからんで、壬午軍乱(1882年)、甲申政変(1884年)が起こり、そのたびに日清両国の緊張が高まった。
1894年の甲午農民戦争への出兵を機に日清戦争が勃発。日本の勝利により下関条約で清は朝鮮の独立を認め、冊封体制は最終的に崩壊した。
ひっかけポイント
冊封体制(伝統的な上下関係)と主権国家体制(形式上対等な条約関係)という2つの国際秩序の衝突として捉える。朝鮮がロシアの植民地だった事実はない。
選択肢の確認
①「宗主権を主張する清と、進出を図る日本の対立が深まっていった」
✅ 正しい。
正解。朝鮮への宗主権を主張する清と、条約体制の論理で進出する日本の対立が深まり、1894年の日清戦争で冊封体制は最終的に崩れた。
②「朝鮮はすでにロシアの植民地だった」
❌ 誤り。
19世紀後半の朝鮮は清を宗主国とする王朝であり、ロシアの植民地ではなかった。ロシアの影響力拡大は三国干渉後の一時期である。
③「朝鮮と日本は同盟関係にあった」
❌ 誤り。
日朝修好条規は砲艦外交で結ばされた不平等条約であり、対等な同盟関係という説明は実態と異なる。
④「欧米列強は朝鮮に全く関心を持たなかった」
❌ 誤り。
欧米列強も朝鮮の開国に関心を持ち、1880年代には米・英・独などが朝鮮と条約を結んでいる。無関心という説明は誤り。
覚えるポイント
- 朝鮮は清の冊封下、日朝修好条規は「自主の邦」と規定
- 壬午軍乱1882年・甲申政変1884年で日清対立激化
- 日清戦争(1894〜95年)で冊封体制が崩壊
共通テスト攻略
- 資料を先に観察:題名・年代・作成者・注記・凡例・単位を確認し、資料に直接示された事実と、知識から推測した内容を分ける。
- 既習事項と接続:資料中の固有名詞・制度・数量の変化を手掛かりに、同時代の政治・社会・対外関係へ結び付ける。資料にないことを印象だけで補わない。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。