KZ-R7HB-06|歴史総合・世界史探究 対策問題
表では19世紀の間にもアジア部の領土・人口が増加している。19世紀後半のロシアの拡大の説明として最も適切なものはどれか。

解答・解説を見る
正解: 1
正解
ブハラ・ヒヴァ・コーカンドなど中央アジアの諸ハン国を征服・保護国化した
この問題のポイント
19世紀後半のロシアのアジア方面への拡大を問う問題。中央アジア3ハン国の征服・保護国化と、イギリスとのグレートゲームという対抗関係を押さえる。
解説
クリミア戦争でヨーロッパ方面への南下を阻まれたロシアは、拡大の矛先を中央アジアと極東へ向けた。
1860〜70年代、ロシアはコーカンド・ヒヴァ・ブハラの3ハン国を次々と征服または保護国化し、トルキスタンを支配下に置いた。南北戦争で綿花の輸入が不足した経験から、この地域を綿花供給地として開発したことも重要である。
南下するロシアと、インド防衛を至上命題とするイギリスは、アフガニスタンをはさんで対峙した。この長い駆け引きが「グレートゲーム」である。
一方で財政難のロシアは、1867年にアラスカをアメリカへ売却している。表のアジア部の数値の増加は、こうした「中央アジアで拡大し、北米から撤退する」再編の結果でもある。沿海州の獲得(1860年)など、日本と向き合う極東進出も同じ時期の動きである。
ひっかけポイント
アラスカは「獲得」ではなく1867年に「売却」した土地で、方向が逆。インドはイギリス領、エジプトもイギリスの勢力圏であり、ロシアの支配地と混同しないこと。
選択肢の確認
①「ブハラ・ヒヴァ・コーカンドなど中央アジアの諸ハン国を征服・保護国化した」
✅ 正しい。
正解。ロシアは1860〜70年代にコーカンド・ヒヴァ・ブハラの3ハン国を征服・保護国化し、中央アジア(トルキスタン)を支配下に置いた。
②「アラスカを新たに獲得して領土に加えた」
❌ 誤り。
アラスカは1867年にロシアがアメリカへ売却した土地であり、19世紀後半に新たに獲得したという説明は方向が逆である。
③「インドを植民地として支配下に置いた」
❌ 誤り。
インドを植民地支配したのはイギリスであり、ロシアはむしろインドを守るイギリスと中央アジアで対峙する側だった。
④「エジプトを保護国化してスエズ運河を管理した」
❌ 誤り。
エジプトとスエズ運河を勢力下に置いたのはイギリスで、ロシアの拡大方面とは異なる。
覚えるポイント
- 1860〜70年代に中央アジア3ハン国を征服・保護国化
- 英露の対峙はグレートゲーム、緩衝地帯はアフガニスタン
- アラスカは1867年アメリカへ売却
共通テスト攻略
- 資料を先に観察:題名・年代・作成者・注記・凡例・単位を確認し、資料に直接示された事実と、知識から推測した内容を分ける。
- 既習事項と接続:資料中の固有名詞・制度・数量の変化を手掛かりに、同時代の政治・社会・対外関係へ結び付ける。資料にないことを印象だけで補わない。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。