KZ-R7HB-05歴史総合・世界史探究 対策問題

共通テスト図版チャレンジ令和7年度 本試験(旧世界史B)

グラフの時期のイギリスは、大量の食料・原料を輸入していた。これを支えた19世紀半ばの通商政策の転換として最も適切なものはどれか。

KZ-R7HB-05の問題図版
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正解: 2

正解

穀物法や航海法を廃止し、自由貿易体制へ移行した

この問題のポイント

19世紀半ばのイギリスの通商政策の転換を問う問題。穀物法廃止(1846年)・航海法廃止(1849年)による自由貿易体制への移行が、グラフの輸入依存構造の前提となる。

解説

穀物法は、安い外国産穀物の輸入を制限して地主の利益を守る法律だった。しかし工業化が進むと、都市の労働者と工場主にとって穀物の高値は重荷となる。
コブデンブライトが指導する反穀物法同盟は廃止運動を展開し、アイルランドの大飢饉も追い風となって、1846年に穀物法は廃止された。1849年には外国船の貿易を制限してきた航海法も廃止され、イギリスは自由貿易体制へ全面的に移行する。
1860年の英仏通商条約のように、自由貿易は条約を通じて各国へ広げられた。
「世界の工場」として圧倒的な工業力を持つイギリスにとって、関税のない世界こそ最も有利な市場だった。グラフの巨額の食料・原料輸入は、この体制があってはじめて可能になった構造である。

ひっかけポイント
自由貿易は「強者の政策」でもある点が読みどころ。同時期のドイツ(リストの保護関税論)やアメリカが保護貿易をとったことと対比して問われる。

選択肢の確認

①「計画経済を導入して貿易を国家が独占した」
誤り。
19世紀のイギリスは市場経済と自由貿易の中心国であり、国家が貿易を独占する計画経済を導入した事実はない。

②「穀物法や航海法を廃止し、自由貿易体制へ移行した」
正しい。
正解。1846年の穀物法廃止と1849年の航海法廃止でイギリスは自由貿易体制へ移行し、安価な食料・原料の大量輸入が可能になった。

③「高率の保護関税で国内農業を守り続けた」
誤り。
1846年の穀物法廃止により農業保護の関税は撤廃されており、保護を続けたという説明は転換の方向と逆である。

④「食料の輸入を全面的に禁止した」
誤り。
人口が増え食料自給が難しくなったイギリスにとって輸入は不可欠であり、食料輸入の全面禁止という政策は実態と正反対である。

覚えるポイント

  • 穀物法廃止は1846年(反穀物法同盟、コブデン・ブライト)
  • 航海法廃止は1849年
  • 1860年英仏通商条約で自由貿易が国際化

共通テスト攻略

  • 資料を先に観察:題名・年代・作成者・注記・凡例・単位を確認し、資料に直接示された事実と、知識から推測した内容を分ける。
  • 既習事項と接続:資料中の固有名詞・制度・数量の変化を手掛かりに、同時代の政治・社会・対外関係へ結び付ける。資料にないことを印象だけで補わない。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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