KZ-R6HB-05|歴史総合・世界史探究 対策問題
グラフはロシアにおける鉄道の年平均建設距離数(1861〜1905年)を示し、1890年代に建設が最大となっている。この時期の大事業として正しいものはどれか。

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正解: 3
正解
シベリア鉄道の建設
この問題のポイント
ロシアの鉄道建設が1890年代にピークを迎えた理由を問う問題。1891年着工のシベリア鉄道と、ヴィッテ蔵相の工業化政策を結び付ければ解ける。
解説
19世紀末のロシアは、西欧に比べて工業化が遅れており、国家主導で近代化を急いでいた。その中心事業が、モスクワと極東を結ぶシベリア鉄道である。
建設は1891年に始まった。蔵相ヴィッテは金本位制の採用などで外資を呼び込み、特に露仏同盟(1891〜94年)を背景とするフランス資本が建設を支えた。
グラフで1890年代の建設距離が最大になるのは、この国家事業の反映である。
シベリア鉄道はロシアの極東進出(満州・朝鮮方面)を支える動脈となり、南下をめぐって日本との対立を深め、日露戦争(1904〜05年)の背景となった。
ひっかけポイント
スエズ運河(1869年)・パナマ運河(1914年)など他地域の大事業と混同しない。バグダード鉄道はドイツの3B政策で、ロシアの事業ではない点に注意。
選択肢の確認
①「パナマ運河の建設」
❌ 誤り。
パナマ運河はアメリカが建設して1914年に開通した運河で、地域も時期も異なる。
②「バグダード鉄道の完成」
❌ 誤り。
バグダード鉄道はドイツが3B政策の一環で敷設を進めた鉄道で、全通は第一次世界大戦後であり、ロシアの事業ではない。
③「シベリア鉄道の建設」
✅ 正しい。
ロシアは1891年からシベリア鉄道の建設を開始し、ヴィッテ蔵相の産業化政策とフランス資本の導入のもと1890年代に鉄道建設がピークを迎えた。
④「スエズ運河の建設」
❌ 誤り。
スエズ運河はフランス人レセップスの指導で1869年にエジプトで開通した運河で、ロシアの鉄道建設とは別の事業である。
覚えるポイント
- シベリア鉄道は1891年着工
- 露仏同盟のフランス資本とヴィッテ蔵相が支えた
- 極東進出の動脈となり日露戦争の背景に
共通テスト攻略
- 資料を先に観察:題名・年代・作成者・注記・凡例・単位を確認し、資料に直接示された事実と、知識から推測した内容を分ける。
- 既習事項と接続:資料中の固有名詞・制度・数量の変化を手掛かりに、同時代の政治・社会・対外関係へ結び付ける。資料にないことを印象だけで補わない。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。