KZ-R7HB-03|歴史総合・世界史探究 対策問題
表はロシア帝国の領土と人口(1462〜1987年の各時点)をヨーロッパ部・アジア部に分けて示す。16〜17世紀にアジア部の領土が急拡大している理由として最も適切なものはどれか。

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正解: 4
正解
コサックなどを先兵とするシベリア進出が進んだから
この問題のポイント
16〜17世紀にロシアのアジア部領土が急拡大した理由を問う問題。イェルマーク以来のコサックを先兵とするシベリア進出という東方拡大の知識で解ける。
解説
16世紀後半、モスクワのロシアはイヴァン4世の時代にカザン・ハン国などを征服し、ウラル山脈の東へ進む足がかりを得た。
先兵となったのが、辺境の武装集団コサックである。イェルマークの遠征(16世紀末)でシビル・ハン国が倒され、以後ロシアは高値で売れる毛皮(クロテンなど)を求めて東進を続けた。
川づたいに砦を築きながら進み、17世紀半ばには太平洋岸へ到達する。この間わずか約60年という速さだった。
表でアジア部の領土が16〜17世紀に急増するのは、このシベリア進出の反映である。南下して清と接触した結果、1689年にネルチンスク条約で国境を定めたことも合わせて覚えたい。
ひっかけポイント
表のヨーロッパ部とアジア部の境はウラル山脈。ピョートル1世の西方進出(バルト海)と、コサックによる東方進出(シベリア)の方向を混同しないこと。
選択肢の確認
①「モンゴル帝国を継承したから」
❌ 誤り。
ロシアは15世紀にモンゴル系のキプチャク・ハン国の支配を脱した側であり、モンゴル帝国を継承して領土を得たわけではない。
②「アメリカ大陸に植民地を築いたから」
❌ 誤り。
ロシアがアラスカへ進出するのは18世紀後半で、しかも1867年にアメリカへ売却しており、16〜17世紀のアジア部の急拡大とは無関係である。
③「オスマン帝国を併合したから」
❌ 誤り。
ロシアはオスマン帝国と露土戦争を繰り返したが併合したことはなく、オスマン帝国は第一次世界大戦後まで存続した。
④「コサックなどを先兵とするシベリア進出が進んだから」
✅ 正しい。
イェルマークの遠征(16世紀末)以降、ロシアは毛皮を求めてコサックを先兵にシベリアを東進し、17世紀半ばには太平洋岸に達した。
覚えるポイント
- イェルマークの遠征(16世紀末)がシベリア進出の起点
- 毛皮を求めて東進、17世紀半ば太平洋岸到達
- 1689年ネルチンスク条約で清と国境画定
共通テスト攻略
- 資料を先に観察:題名・年代・作成者・注記・凡例・単位を確認し、資料に直接示された事実と、知識から推測した内容を分ける。
- 既習事項と接続:資料中の固有名詞・制度・数量の変化を手掛かりに、同時代の政治・社会・対外関係へ結び付ける。資料にないことを印象だけで補わない。
- 因果の向きを確認:時期が近いだけで結び付けず、「原因→政策・行動→結果」の順に置き、主体と目的がつながるかを確かめる。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。