WT7-W19|歴史総合・世界史探究 対策問題
大戦末期のソ連の対日参戦について述べた文として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 1
正解
ヤルタ協定に基づき、1945年8月8日に日ソ中立条約を破棄して参戦した
この問題のポイント
ソ連対日参戦を問う問題。ヤルタ密約に基づく1945年8月8日の参戦と、北方領土問題への系譜で解ける。
解説
ソ連と日本の間には日ソ中立条約(1941年)があった。しかしソ連は、ヤルタ会談の秘密協定(南樺太返還・千島列島引き渡しが参戦の条件)に基づき、1945年8月8日、対日宣戦を布告した。広島への原爆投下(8月6日)の2日後である。
ソ連軍は満洲・朝鮮北部・南樺太・千島列島へ一斉に侵攻した。満洲では開拓団の悲劇が生じ、降伏した日本兵ら約57万人がシベリアへ抑留され、強制労働で多数が死亡した。
ソ連による千島列島の占領は、今日まで続く北方領土問題の直接の起源である。
「広島(6日)→ソ連参戦(8日)→長崎(9日)→ポツダム宣言受諾(14日)」という8月の日付の順序は、日本史と共通の超頻出事項である。
ひっかけポイント
参戦は1944年ではなく1945年8月8日。日ソ中立条約があったのに参戦した、という点とヤルタ密約の関係、8月の日付の整序が定番の問われ方。
選択肢の確認
①「ヤルタ協定に基づき、1945年8月8日に日ソ中立条約を破棄して参戦した」
✅ 正しい。
ソ連はヤルタ秘密協定に基づき、1945年8月8日に日ソ中立条約を破棄して対日宣戦し、満洲・朝鮮北部・南樺太・千島へ侵攻した。
②「ソ連は最後まで対日参戦しなかった」
❌ 誤り。
ソ連は1945年8月8日に対日宣戦して満洲などへ進攻しており、参戦している。
③「参戦は日本の要請によるものだった」
❌ 誤り。
参戦はヤルタでの米英との密約に基づくものであり、日本はむしろソ連に和平の仲介を期待していた。
④「参戦は1944年のことである」
❌ 誤り。
対日参戦は1945年8月であり、1944年ではない。
覚えるポイント
- ソ連対日参戦は1945年8月8日(ヤルタ密約に基づく)
- シベリア抑留は約57万人
- 千島占領が北方領土問題の起源
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。