WT6-I07|歴史総合・世界史探究 対策問題
1938年のミュンヘン会談について述べた文として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 3
正解
英仏がドイツのズデーテン地方併合を認めた宥和政策の典型とされる
この問題のポイント
ミュンヘン会談の性格を問う問題。英仏がズデーテン併合を認めた宥和政策の典型、当事国チェコ不在の決定、という2点で解ける。
解説
宥和政策とは、戦争を避けるために侵略国の要求へ譲歩を重ねる政策を指す。その典型が1938年9月のミュンヘン会談である。
ヒトラーがドイツ系住民の多いチェコスロヴァキアのズデーテン地方の割譲を要求すると、英首相チェンバレン、仏首相ダラディエは、独伊との4カ国会談でこれを承認した。当事国のチェコスロヴァキアは会議に呼ばれてすらいなかった。
チェンバレンは「平和を持ち帰った」と歓迎されたが、ヒトレーの拡張は止まらず、翌1939年3月にチェコを解体、9月にはポーランドへ侵攻した。
また会談から排除されたソ連の不信感は、独ソ不可侵条約(1939年8月)という驚愕の提携につながった。
ひっかけポイント
「英仏が要求を拒否した」は逆。ミュンヘン会談=宥和政策の象徴=当事国不在の決定、の3点セットで覚え、ソ連排除が独ソ接近を招いた因果も押さえる。
選択肢の確認
①「ソ連が主導した集団安全保障会議である」
❌ 誤り。
会談はイギリス・フランス・ドイツ・イタリアの首脳によるもので、ソ連は排除されており、集団安全保障の会議ではない。
②「日本の満洲撤退を決めた会談である」
❌ 誤り。
満洲問題を扱ったのは国際連盟とリットン調査団の勧告であり、1938年のミュンヘン会談とは無関係である。
③「英仏がドイツのズデーテン地方併合を認めた宥和政策の典型とされる」
✅ 正しい。
正解。1938年のミュンヘン会談で、英首相チェンバレンらは当事国チェコを交えずにドイツのズデーテン併合を認め、宥和政策の典型とされる。
④「ドイツの要求を英仏が完全に拒否した会談である」
❌ 誤り。
英仏はドイツの要求を受け入れており、完全に拒否したのではない。
覚えるポイント
- ミュンヘン会談は1938年、ズデーテン割譲を承認
- 英チェンバレンの宥和政策の典型、チェコは不在
- ソ連排除の不信→独ソ不可侵条約(1939年)へ
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。