JT2-A30|歴史総合・日本史探究 対策問題
奥州藤原氏について述べた記述として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 4
正解
清衡・基衡・秀衡の3代が平泉を拠点に、金や馬の産出を背景に栄えた
背景・因果
奥州藤原氏は前九年・後三年合戦を経て台頭し、平泉を拠点に金・馬の富で約100年栄えた。中尊寺金色堂はその象徴。1189年、義経をかくまったことを口実に源頼朝に滅ぼされた。
覚えるポイント
「地方に京都文化を移植した政権」という性格が資料問題の焦点。滅亡が頼朝の全国支配を完成させた点も重要。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「京都を拠点に日宋貿易を独占した」
奥州藤原氏の拠点は京都ではなく平泉で、日宋貿易を主導した平清盛とも異なる。東北の金・馬と北方交易が経済基盤だった。
② ❌ 誤答「鎌倉幕府の御家人として仕えた」
奥州藤原氏は鎌倉幕府成立以前から独自に東北を支配し、御家人として仕えたのではない。1189年に源頼朝によって滅ぼされた。
③ ❌ 誤答「江戸時代まで東北を支配し続けた」
奥州藤原氏の支配は1189年の奥州合戦で終わった。江戸時代まで続いたのではなく、鎌倉幕府の全国支配確立の過程で滅亡した。
④ ✅ 正解「清衡・基衡・秀衡の3代が平泉を拠点に、金や馬の産出を背景に栄えた」
奥州藤原氏は清衡・基衡・秀衡の三代が平泉を拠点に、東北の金・馬の富で約一世紀栄えた。中尊寺金色堂はその繁栄を示す。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。