JT3-B03|歴史総合・日本史探究 対策問題
1232年に北条泰時が制定した、武家最初の体系的法典はどれか。
解答・解説を見る
正解: 2
正解
御成敗式目
背景・因果
執権北条泰時は1232年、頼朝以来の先例と武家社会の道理に基づいて御成敗式目(貞永式目)51カ条を制定した。守護・地頭の職務や所領相続の基準を定めた武家最初の体系的法典で、その効力は幕府の勢力範囲に限られ、朝廷の公家法や荘園領主の本所法は並存した。
覚えるポイント
「式目は律令を廃止したわけではない」=法の並存が最重要ポイント。泰時が六波羅探題の弟に送った制定趣旨の書状は資料問題の定番。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「分国法」
分国法は戦国大名が15〜16世紀に領国内の家臣・領民を統制するため定めた法である。全国幕府の1232年法典とは異なる。
② ✅ 正解「御成敗式目」
北条泰時は1232年、頼朝以来の先例と武家社会の道理に基づく御成敗式目51カ条を制定した。武家初の体系的法典で守護・地頭や所領相続を規定した。
③ ❌ 誤答「武家諸法度」
武家諸法度は1615年に江戸幕府が大名統制のため制定した法令である。鎌倉幕府の北条泰時の法典ではない。
④ ❌ 誤答「建武式目」
建武式目は1336年、足利尊氏が室町幕府の政治方針を示した法である。御成敗式目より約一世紀後に当たる。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。