JT3-C24|歴史総合・日本史探究 対策問題
1792年に根室に来航し、漂流民大黒屋光太夫を送還して通商を求めたロシア使節はだれか。
解答・解説を見る
正解: 2
正解
ラクスマン
背景・因果
1792年、ロシア使節ラクスマンが根室に来航し、漂流民大黒屋光太夫を送還するとともに通商を求めた。幕府は長崎入港の許可証(信牌)を与えて帰したが、1804年に信牌を持って長崎に来たレザノフを冷淡に追い返したため、ロシア船が樺太・択捉を攻撃する事件が起こった。
覚えるポイント
「ラクスマン(1792年・根室)→レザノフ(1804年・長崎)→ゴローウニン事件(1811年)」の順序と場所の対応が整序問題の定番。林子平『海国兵談』の海防論もこの文脈。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「ゴローウニン」
ゴローウニンは1811年に国後島で日本側に捕らえられたロシア軍人である。漂流民を送還して通商を求めた使節ではない。
② ✅ 正解「ラクスマン」
ラクスマンは1792年に根室へ来航し、漂流民大黒屋光太夫らを送還して通商を求めた。幕府は松前で交渉し長崎入港許可証を与えた。
③ ❌ 誤答「レザノフ」
レザノフは1804年に長崎へ来航し通商を求めたが拒否された。ラクスマンより12年後である。
④ ❌ 誤答「プチャーチン」
プチャーチンは1853年に長崎へ来航し、1855年の日露和親条約を結んだ。幕末の使節で1792年ではない。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。