JT3-D16歴史総合・日本史探究 対策問題

日本史探究D 近現代の地域・日本と世界(3) 近現代の地域・日本と世界の画期と構造

1913年の第一次護憲運動で退陣に追い込まれた内閣はどれか。

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正解: 4

正解

第3次桂太郎内閣

背景・因果

2個師団増設問題で陸軍が西園寺内閣を倒し、内大臣だった桂太郎が3度目の組閣をすると、「閥族打破・憲政擁護」を掲げる第一次護憲運動が全国に広がった。尾崎行雄・犬養毅らが先頭に立ち、民衆が議会を包囲するなか、第3次桂内閣はわずか53日で退陣した(大正政変)。

覚えるポイント

「民衆運動が初めて内閣を倒した」という画期性が核心。第二次護憲運動(1924年・清浦内閣打倒→加藤高明の護憲三派内閣)との区別も最頻出。

選択肢別の検討

① ❌ 誤答「原敬内閣」
原敬内閣は1918年に成立し、1921年の原暗殺で終わった。1913年の第一次護憲運動の退陣対象ではない。

② ❌ 誤答「加藤高明内閣」
加藤高明内閣は第二次護憲運動後の1924年に成立し、普通選挙法などを実現した。第一次護憲運動より11年後である。

③ ❌ 誤答「第1次山県有朋内閣」
第1次山県有朋内閣は1889〜91年で、大日本帝国憲法発布直後の内閣である。大正期の運動対象ではない。

④ ✅ 正解「第3次桂太郎内閣」
第一次護憲運動は「閥族打破・憲政擁護」を掲げ、立憲政友会・立憲国民党や民衆の運動で第3次桂太郎内閣を短期間で退陣させた。大正政変と呼ばれる。

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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