RS-C2-03歴史総合・日本史探究 対策問題

歴史総合C 国際秩序の変化や大衆化と私たち(2) 第一次世界大戦と大衆社会

1918年の米騒動とその後の政治の動きについて述べた記述として最も適切なものはどれか。

解答・解説を見る

正解: 2

正解

米騒動の後、藩閥の寺内内閣に代わって原敬の本格的政党内閣が成立した

背景・因果

シベリア出兵を見越した米の買占めで米価が急騰し、富山県から米騒動が全国へ広がった。寺内正毅内閣は退陣し、衆議院に議席をもつ立憲政友会総裁の原敬が本格的政党内閣を組織した(1918年)。原は華族でも藩閥でもない「平民宰相」。

覚えるポイント

  • 核となる対応:「米騒動の後、藩閥の寺内内閣に代わって原敬の本格的政党内閣が成立した」。1918年の米価急騰から全国へ米騒動が広がり、寺内正毅内閣が退陣した。その後、衆議院に基盤を持つ立憲政友会総裁の原敬が本格的政党内閣を組織した。

  • 混同防止「米騒動は政府の減税政策への反対運動だった」:米騒動の直接の争点は減税ではなく、シベリア出兵を見越した買い占めなどで急騰した米価だった。富山の女性による米の県外移出阻止運動が拡大の起点となった。

選択肢別の検討

① ❌ 誤答「米騒動の後、政党政治は完全に否定された」
米騒動後には藩閥内閣に代わって原敬政党内閣が成立し、政党政治が前進した。政党政治の完全否定は1930年代の軍部台頭との混同である。

② ✅ 正解「米騒動の後、藩閥の寺内内閣に代わって原敬の本格的政党内閣が成立した」
1918年の米価急騰から全国へ米騒動が広がり、寺内正毅内閣が退陣した。その後、衆議院に基盤を持つ立憲政友会総裁の原敬が本格的政党内閣を組織した。

③ ❌ 誤答「米騒動は政府の減税政策への反対運動だった」
米騒動の直接の争点は減税ではなく、シベリア出兵を見越した買い占めなどで急騰した米価だった。富山の女性による米の県外移出阻止運動が拡大の起点となった。

④ ❌ 誤答「米騒動を機に、軍人の原敬が首相となった」
原敬は軍人ではなく政党政治家で、立憲政友会総裁として首相になった。爵位を持たないことから『平民宰相』と呼ばれた。

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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