JH-D4-06|歴史総合・日本史探究 対策問題
1960年の安保闘争とその後の政治について述べた記述として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 3
正解
新安保条約の批准をめぐる大規模な反対運動の後、岸内閣は退陣し、池田内閣は所得倍増をかかげて経済成長路線をとった
背景・因果
岸信介内閣が**日米相互協力及び安全保障条約(新安保条約)**の批准を衆議院で強行採決すると、国会周辺で空前の反対運動(安保闘争)が起こった。条約の自然成立後に岸内閣は退陣し、池田勇人内閣は「寛容と忍耐」を掲げ、国民所得倍増計画で政治の焦点を経済成長へ移した。
覚えるポイント
核となる対応:「新安保条約の批准をめぐる大規模な反対運動の後、岸内閣は退陣し、池田内閣は所得倍増をかかげて経済成長路線をとった」。1960年の新安保条約批准をめぐる反対運動後、岸信介内閣は退陣した。池田勇人内閣は国民所得倍増計画を掲げ、対立の焦点を経済成長へ移した。
混同防止「反対運動により新安保条約は廃案となった」:反対運動は大規模化したが、新安保条約は参議院の議決がないまま衆議院可決から30日後に自然承認され、発効した。廃案にはなっていない。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「池田勇人内閣は軍備拡張を最優先の政策とした」
池田内閣は軽武装・経済重視の下で所得倍増を掲げ、軍備拡張最優先ではなかった。経済政策が前面に出た点が岸内閣後の転換である。
② ❌ 誤答「安保闘争の後、自由民主党は解党した」
自由民主党は安保闘争後も政権与党として存続し、解党していない。1955年に成立した55年体制はその後も続いた。
③ ✅ 正解「新安保条約の批准をめぐる大規模な反対運動の後、岸内閣は退陣し、池田内閣は所得倍増をかかげて経済成長路線をとった」
1960年の新安保条約批准をめぐる反対運動後、岸信介内閣は退陣した。池田勇人内閣は国民所得倍増計画を掲げ、対立の焦点を経済成長へ移した。
④ ❌ 誤答「反対運動により新安保条約は廃案となった」
反対運動は大規模化したが、新安保条約は参議院の議決がないまま衆議院可決から30日後に自然承認され、発効した。廃案にはなっていない。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。