JH-D4-05|歴史総合・日本史探究 対策問題
高度経済成長期の日本社会について述べた記述として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 4
正解
東京オリンピックや新幹線開通の一方で四大公害病が深刻化し、公害対策基本法の制定や環境庁の設置に至った
背景・因果
1964年の東京オリンピック・東海道新幹線開通は成長の象徴だが、同時に水俣病・新潟水俣病・イタイイタイ病・四日市ぜんそくの四大公害病が深刻化した。四大公害訴訟はいずれも原告側が勝訴し、公害対策基本法(1967年)制定、環境庁(1971年)設置へつながった。「成長の光と影」を両面で問う形式が定番。
覚えるポイント
核となる対応:「東京オリンピックや新幹線開通の一方で四大公害病が深刻化し、公害対策基本法の制定や環境庁の設置に至った」。1964年の東京オリンピック・東海道新幹線は成長の象徴だが、四大公害病も深刻化した。住民運動・公害訴訟を経て1967年の公害対策基本法、1971年の環境庁設置へ進んだ。
混同防止「経済成長の恩恵はすべての地域に均等に及び、過疎・過密は起こらなかった」:人口と産業が都市へ集中して過密が進む一方、農山村では人口流出による過疎が問題となった。成長の恩恵や負担は地域に均等ではない。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「経済成長の恩恵はすべての地域に均等に及び、過疎・過密は起こらなかった」
人口と産業が都市へ集中して過密が進む一方、農山村では人口流出による過疎が問題となった。成長の恩恵や負担は地域に均等ではない。
② ❌ 誤答「公害問題は裁判にならず、住民運動も起こらなかった」
水俣病など四大公害をめぐって住民運動と訴訟が起こり、四大公害訴訟では原告側が勝訴した。裁判も運動もなかったという説明は事実と反する。
③ ❌ 誤答「この時期に農村人口は都市人口を大きく上回るようになった」
高度成長期には集団就職などで農村から都市へ人口が移動し、都市人口の比重が増した。農村人口が都市人口を大きく上回る方向ではない。
④ ✅ 正解「東京オリンピックや新幹線開通の一方で四大公害病が深刻化し、公害対策基本法の制定や環境庁の設置に至った」
1964年の東京オリンピック・東海道新幹線は成長の象徴だが、四大公害病も深刻化した。住民運動・公害訴訟を経て1967年の公害対策基本法、1971年の環境庁設置へ進んだ。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。