RS-D3-01歴史総合・日本史探究 対策問題

歴史総合D グローバル化と私たち(3) 世界秩序の変容と日本

1990年前後の国際情勢に関する出来事を、古い順に正しく並べたものはどれか。

解答・解説を見る

正解: 2

正解

ベルリンの壁崩壊 → マルタ会談 → ソ連解体

背景・因果

**ベルリンの壁崩壊(1989年11月)→ マルタ会談で冷戦終結宣言(1989年12月)→ ソ連解体(1991年12月)**の順。日本では湾岸戦争を機にPKO協力法(1992年)が成立し、国際貢献のあり方が問われた。

覚えるポイント

  • 核となる対応:「ベルリンの壁崩壊 → マルタ会談 → ソ連解体」。ベルリンの壁崩壊は1989年11月、マルタ会談は同年12月、ソ連解体は1991年12月である。この順序が東欧変動から冷戦終結、ソ連消滅への流れに合う。

  • 混同防止「ソ連解体 → ベルリンの壁崩壊 → マルタ会談」:ソ連解体は1991年で三つの出来事の最後である。1989年のベルリンの壁崩壊とマルタ会談より先には置けない。

選択肢別の検討

① ❌ 誤答「ベルリンの壁崩壊 → ソ連解体 → マルタ会談」
ベルリンの壁崩壊を最初とする点はよいが、マルタ会談は1989年、ソ連解体は1991年なので後二つが逆である。

② ✅ 正解「ベルリンの壁崩壊 → マルタ会談 → ソ連解体」
ベルリンの壁崩壊は1989年11月、マルタ会談は同年12月、ソ連解体は1991年12月である。この順序が東欧変動から冷戦終結、ソ連消滅への流れに合う。

③ ❌ 誤答「ソ連解体 → ベルリンの壁崩壊 → マルタ会談」
ソ連解体は1991年で三つの出来事の最後である。1989年のベルリンの壁崩壊とマルタ会談より先には置けない。

④ ❌ 誤答「マルタ会談 → ソ連解体 → ベルリンの壁崩壊」
マルタ会談は1989年12月で、同年11月のベルリンの壁崩壊後に開かれた。ソ連解体はさらに後の1991年である。

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 年代の基準点を置く:各項目の年を全部思い出そうとせず、政権交代・法令・戦争など確実な基準点の前後に配置して順序を確定する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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