RN7-016|公共・倫理 対策問題
親鸞の絶対他力の思想の説明として最も適切なものはどれか。
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正解: 2
正解
念仏を唱えることも信じる心そのものも阿弥陀仏のはたらきによるものだとして、自力のはからいを徹底的に捨てることを説いた
この問題のポイント
信心も念仏も阿弥陀仏から与えられたものとする絶対他力・自然法爾の理解を問う問題。
解説
親鸞は、法然の他力の教えをさらに徹底させた。
人が念仏を唱えるのは自分の意志や努力によるのではなく、阿弥陀仏の本願のはたらきによる。それどころか、阿弥陀仏を信じる信心そのものが、阿弥陀仏から賜ったものである。救いに関して人間の側のはからい(自力)の入り込む余地は一切ない。これを絶対他力という。
したがって念仏は、往生のための手段ではなく、すでに与えられている救いへの報恩感謝の行となる。晩年の親鸞はこの境地を**自然法爾(じねんほうに)と表現した。自然とは、人為を離れて、おのずからそうであること。すべてを阿弥陀仏のはたらきに任せきり、あるがままに生かされるあり方である。
念仏の回数や功徳を計算する態度は、まさに親鸞が否定した自力のはからいにあたる。主著『教行信証』**で、この他力の信仰が体系的に示された。
ひっかけポイント
念仏の回数を競う理解は自力のはからいであり、親鸞の立場と正反対。他力とは阿弥陀仏の本願力のことで、他人の力ではない点にも注意。
選択肢の確認
①「他力とは他人の善行にすがって救われることを意味すると説いた」
❌ 誤り。
誤答理由: 他力とは阿弥陀仏の本願力のことであり、他人の善行にすがることではない。用語の意味の取り違えである。
②「念仏を唱えることも信じる心そのものも阿弥陀仏のはたらきによるものだとして、自力のはからいを徹底的に捨てることを説いた」
✅ 正しい。
正解。親鸞は念仏も信心も阿弥陀仏のはたらきによる賜りものとし、自力のはからいを捨て去る絶対他力を説いた。
③「念仏を唱えた回数が多いほど往生が確実になるとして、一日数万回の念仏を義務づけた」
❌ 誤り。
誤答理由: 念仏の回数や功徳を計算する態度こそ親鸞が否定した自力のはからいであり、回数の義務づけは絶対他力と正反対である。
④「阿弥陀仏の力に頼るのは修行の初期段階だけで、最終的には自力で悟るべきだと説いた」
❌ 誤り。
誤答理由: 他力を修行の初期段階に限定し最終的に自力で悟るとする理解は、救いの一切を仏に任せる親鸞の立場と相いれない。
覚えるポイント
- 絶対他力=信心さえも阿弥陀仏から賜る
- 念仏は報恩感謝の行
- 自然法爾=はからいを捨てて仏に任せきる境地
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。