RN9-047|公共・倫理 対策問題
念仏についての法然と親鸞の立場の比較として最も適切なものはどれか。
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正解: 4
正解
法然はひたすら念仏を唱える専修念仏を説いたのに対し、親鸞は念仏さえ阿弥陀仏のはからいによるとする絶対他力の立場を徹底した
この問題のポイント
浄土教の師弟の対比。専修念仏(法然)から絶対他力・悪人正機(親鸞)への他力思想の徹底という展開が問われる。
解説
平安末期の末法思想の広がりの中で、阿弥陀仏の力にすがる浄土教が民衆に広まった。法然は、戒律や学問など諸行を捨てて、ただひたすら「南無阿弥陀仏」と念仏を唱える専修念仏によって、誰もが平等に極楽往生できると説き、浄土宗を開いた。主著は『選択本願念仏集』である。
弟子の親鸞は、他力の考えをさらに徹底した。念仏を唱えようとする心そのものが自分の力ではなく、阿弥陀仏のはからいによって与えられたものだとする絶対他力である。自力を頼めない悪人こそ救いの対象とする悪人正機を説き、すべてを仏に委ねる境地を自然法爾と呼んだ。浄土真宗の祖とされ、主著に『教行信証』がある。
念仏という共通の実践の中で、自力の要素をどこまで否定するかの徹底度が異なる点をつかみたい。
ひっかけポイント
専修念仏と絶対他力の担い手の入れ替えが定番。法然が唱える念仏を選び取り、親鸞は選ぶ心さえ仏のはからいとした、と整理する。
選択肢の確認
①「法然は念仏を唱えることさえ仏のはからいだとしたのに対し、親鸞は自力の修行による悟りを重視した」
❌ 誤り。
誤答理由: 師弟の主張が入れ替わっている。専修念仏の提唱が法然、絶対他力の徹底が親鸞である。
②「両者はともに、坐禅によって自力で悟りを開くことを説いた」
❌ 誤り。
誤答理由: 坐禅による自力の悟りは栄西や道元ら禅宗の立場であり、他力の念仏を説いた両者の教えとは異なる。
③「両者はともに、法華経の題目を唱えることが唯一の救いの道だと説いた」
❌ 誤り。
誤答理由: 法華経の題目を唱えることを説いたのは日蓮であり、阿弥陀仏への念仏を中心とする両者の浄土教とは別の系統である。
④「法然はひたすら念仏を唱える専修念仏を説いたのに対し、親鸞は念仏さえ阿弥陀仏のはからいによるとする絶対他力の立場を徹底した」
✅ 正しい。
正解。法然はひたすら南無阿弥陀仏と唱える専修念仏を説き、弟子の親鸞は念仏する心さえ阿弥陀仏のはからいとする絶対他力へと他力思想を徹底した。
覚えるポイント
- 法然は専修念仏で浄土宗を開いた
- 親鸞は絶対他力・悪人正機・自然法爾
- 親鸞は他力思想を徹底させた法然の弟子
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 比較軸をそろえる:二つの時代・地域を、政治の担い手、土地・税制、対外関係、社会への影響など同じ軸で比べ、共通点と相違点を混同しない。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。