RN9-048公共・倫理 対策問題

倫理C 日本の思想(2) 鎌倉仏教

禅のあり方についての栄西(臨済宗)と道元(曹洞宗)の比較として最も適切なものはどれか。

解答・解説を見る

正解: 3

正解

臨済宗では公案を用いて悟りに至る禅が行われたのに対し、道元は公案によらずひたすら坐禅に打ち込む只管打坐を説いた

この問題のポイント

禅宗二派の修行方法の対比。公案を用いる臨済禅と、只管打坐の曹洞禅の違いが問われる。

解説

鎌倉時代、宋から伝えられた禅は自力で悟りを目指す仏教として武士を中心に広まった。
栄西が伝えた臨済宗では、師が弟子に与える公案(理屈では解けない問題)に取り組み、思考の行き詰まりを突き抜けることで悟りに至る禅が行われた。栄西は『興禅護国論』を著し、幕府の保護も受けて禅を広めた。
一方道元が開いた曹洞宗では、公案の工夫や悟りの追求さえも計らいとして退け、ただひたすら坐禅に打ち込む只管打坐が説かれた。道元にとって坐禅は悟りの手段ではなく、修行がそのまま悟りである(修証一等)。彼は権力への接近を避け、永平寺で厳格な修行生活を貫いた。
同じ禅でも、公案による悟りへの飛躍か、坐禅そのものへの徹底かという方法の違いを押さえたい。

ひっかけポイント
公案と只管打坐の対応の入れ替えが定番。臨済宗=公案、曹洞宗=只管打坐という組み合わせを固定して覚える。

選択肢の確認

①「両者はともに、念仏によって極楽往生することを禅の目的とした」
誤り。
誤答理由: 念仏による極楽往生は浄土教の教えであり、自力の修行である禅の目的ではない。

②「両者はともに、坐禅を否定して題目を唱えることを重視した」
誤り。
誤答理由: 題目を唱えることを重視したのは日蓮であり、坐禅を修行の中心とする禅宗二派の立場とは正反対である。

③「臨済宗では公案を用いて悟りに至る禅が行われたのに対し、道元は公案によらずひたすら坐禅に打ち込む只管打坐を説いた」
正しい。
正解。栄西が伝えた臨済宗では公案に取り組んで悟りへ至る禅が行われ、道元の曹洞宗では公案によらずひたすら坐禅する只管打坐が説かれた。

④「臨済宗はひたすら坐禅する只管打坐を説いたのに対し、道元は公案の工夫による悟りを重視した」
誤り。
誤答理由: 二派の方法が入れ替わっている。公案は臨済宗、只管打坐は道元の曹洞宗である。

覚えるポイント

  • 栄西の臨済宗は公案を用いる禅
  • 道元の曹洞宗は只管打坐・修証一等
  • 道元は永平寺で権力から距離を置いた

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 比較軸をそろえる:二つの時代・地域を、政治の担い手、土地・税制、対外関係、社会への影響など同じ軸で比べ、共通点と相違点を混同しない。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

関連問題

RN9-047RN9-049