RN7-063|公共・倫理 対策問題
平塚らいてうのその後の運動についての説明として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 4
正解
市川房枝らと新婦人協会を設立し、女性の政治活動を禁じた治安警察法の改正などを求める運動を進めた
この問題のポイント
新婦人協会の設立と治安警察法改正運動という、らいてうの社会運動の展開を問う問題。
解説
『青鞜』による文学的な自我の解放運動から出発した平塚らいてうは、やがて女性の権利を制度の面から確立する社会運動へと進んだ。
1920年、らいてうは市川房枝・奥むめおらと新婦人協会を設立した。当時の治安警察法第5条は、女性が政治集会に参加したり発起人になったりすることを禁じていた。協会はこの条項の改正を求める請願運動を粘り強く展開し、1922年、女性の政治演説会への参加を認める改正を実現させた。女性参政権(婦選)獲得運動は、その後市川房枝らに受け継がれていく。
またらいてうは、母性保護論争において、母となった女性が国家によって保護されることは女性の権利であると主張し、女性の経済的自立を第一とする与謝野晶子と論争した。
ひっかけポイント
新婦人協会の相手は治安維持法ではなく治安警察法(第5条)である点に注意。母性保護論争でのらいてう(国家による母性保護)と晶子(経済的自立)の立場も混同されやすい。
選択肢の確認
①「女性の参政権に反対し、女性は家庭にのみとどまるべきだと主張した」
❌ 誤り。
誤答理由: らいてうは女性の権利拡大を求めた運動家であり、参政権に反対して女性を家庭に限る主張は正反対である。
②「武装蜂起によって政府の転覆を図り、大逆事件で処刑された」
❌ 誤り。
誤答理由: 武装蜂起や大逆事件での処刑はらいてうの事績ではない。大逆事件で処刑されたのは幸徳秋水らである。
③「労働組合の全国組織を結成し、男性労働者の賃上げ闘争だけを指導した」
❌ 誤り。
誤答理由: 新婦人協会は女性の政治的権利の獲得を目指した団体であり、男性労働者の賃上げ闘争だけを指導した労働組合ではない。
④「市川房枝らと新婦人協会を設立し、女性の政治活動を禁じた治安警察法の改正などを求める運動を進めた」
✅ 正しい。
正解。らいてうは市川房枝らと新婦人協会を設立し、女性の政治活動を禁じた治安警察法5条の改正運動を進めて実現させた。
覚えるポイント
- 新婦人協会=らいてう・市川房枝ら(1920年)
- 治安警察法5条の改正を実現
- 母性保護論争では母性の国家保護を主張
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。