RN8-002|公共・倫理 対策問題
キルケゴールが求めた真理についての説明として最も適切なものはどれか。
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正解: 2
正解
私がそのために生き、そして死ぬことを願えるような主体的真理こそが重要である
この問題のポイント
キルケゴールの主体的真理の考え方を問う。万人に妥当する客観的真理ではなく、この私にとっての真理を求めた点が核心。
解説
キルケゴールが生きた19世紀前半のヨーロッパでは、ヘーゲルの哲学が大きな影響力を持ち、世界の全体を理性の体系として説明する客観的真理の探究が主流だった。
しかしキルケゴールは、そうした体系の中では、いま悩み決断しつつ生きるこの私の存在が置き去りにされると批判した。彼が若き日の日記に記したのが「私がそのために生き、そして死ぬことを願うような真理を見いだすことが必要なのだ」(要旨)という言葉である。真理とは傍観者として眺めるものではなく、自分の人生を賭けて引き受ける主体的真理でなければならない。
この、かけがえのない自己の生き方を問う姿勢が実存という考え方の出発点となり、20世紀の実存主義へ受け継がれた。また彼は、世論に流されて誰もが匿名の「大衆」になる時代の水平化も批判している。
ひっかけポイント
客観的・普遍的体系はキルケゴールが批判したヘーゲル的立場。有用性を真理の基準とするのはプラグマティズムのジェームズで、時代も系譜も異なる。
選択肢の確認
①「真理は共同体の多数者の合意によって決められる」
❌ 誤り。
多数者の合意を真理の基準とする考えはキルケゴールにはなく、彼はむしろ世論に流される大衆の水平化を批判した。
②「私がそのために生き、そして死ぬことを願えるような主体的真理こそが重要である」
✅ 正しい。
正解。キルケゴールは、私がそのために生き死ぬことを願えるような主体的真理を求め、これが実存主義の出発点となった。
③「誰にとっても等しく妥当する客観的で普遍的な体系こそが真理である」
❌ 誤り。
誰にとっても妥当する客観的体系の追求はヘーゲル哲学の立場であり、キルケゴールはこれが生きる個人を置き去りにすると批判した。
④「観念は実際の生活で役に立つかぎりにおいて真理である」
❌ 誤り。
有用性を真理の基準とするのはプラグマティズムのジェームズの立場であり、キルケゴールの主体的真理とは別の思想である。
覚えるポイント
- キルケゴールは主体的真理(私にとっての真理)を追求
- 客観的体系を説くヘーゲル哲学への批判から出発
- 実存主義の先駆、大衆社会の水平化も批判
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。