JT2-A17|歴史総合・日本史探究 対策問題
奈良時代の政権担当者の移り変わりとして正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 3
正解
長屋王 → 藤原四子 → 橘諸兄 → 藤原仲麻呂 → 道鏡
背景・因果
長屋王(〜729年)→藤原四子(〜737年疫死)→橘諸兄(吉備真備・玄昉を登用)→藤原仲麻呂(恵美押勝)→道鏡の順。仲麻呂の乱(764年)、道鏡の失脚(770年)と続く。
覚えるポイント
藤原広嗣の乱(740年)は諸兄政権期に、吉備真備・玄昉の排除を求めて起こった。政権と反乱の対応を整理。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「橘諸兄 → 長屋王 → 道鏡 → 藤原四子 → 藤原仲麻呂」
橘諸兄は藤原四子が737年に疫死した後に政権を担い、長屋王より後である。道鏡も藤原仲麻呂の乱後なので、この並びは複数箇所が逆転している。
② ❌ 誤答「藤原仲麻呂 → 長屋王 → 橘諸兄 → 道鏡 → 藤原四子」
藤原仲麻呂は橘諸兄の後に台頭し、長屋王より先ではない。また藤原四子は橘諸兄以前なので、正順と一致しない。
③ ✅ 正解「長屋王 → 藤原四子 → 橘諸兄 → 藤原仲麻呂 → 道鏡」
奈良時代の政権は長屋王、藤原四子、橘諸兄、藤原仲麻呂、道鏡の順に移った。729年の長屋王の変、737年の四子疫死、764年の仲麻呂の乱を軸に並べられる。
④ ❌ 誤答「道鏡 → 藤原仲麻呂 → 橘諸兄 → 藤原四子 → 長屋王」
道鏡は称徳朝の奈良時代末期、藤原仲麻呂より後の人物であり、最初には置けない。正順は長屋王から始まり、道鏡で終わる。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。