JT3-D21|歴史総合・日本史探究 対策問題
1930年のロンドン海軍軍縮条約調印をめぐって浜口雄幸内閣が攻撃された問題はどれか。
解答・解説を見る
正解: 4
正解
統帥権干犯問題
背景・因果
浜口雄幸内閣が海軍軍令部の反対を押し切ってロンドン海軍軍縮条約(補助艦の対英米約7割)に調印すると、野党や右翼は「兵力量の決定は天皇の統帥権に属し、内閣の調印はその干犯だ」と激しく攻撃した。浜口首相は1930年11月、東京駅で右翼青年に狙撃され、翌年死亡した。
覚えるポイント
「統帥権の独立」という憲法解釈が政党政治を掘り崩す武器に使われた点が核心。ワシントン条約(主力艦)とロンドン条約(補助艦)の対象の違いも整理。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「大逆事件」
大逆事件は1910年、幸徳秋水らが天皇暗殺を計画したとして検挙・処刑された事件である。1930年の海軍軍縮条約をめぐる政争ではない。
② ❌ 誤答「シーメンス事件」
シーメンス事件は1914年、ドイツ企業から日本海軍関係者への贈賄が発覚し山本権兵衛内閣が退陣した汚職事件である。ロンドン条約の統帥権論争とは年代も内容も異なる。
③ ❌ 誤答「帝人事件」
帝人事件は1934年に帝人株の売買をめぐる汚職疑惑が問題となり、斎藤実内閣が総辞職した事件である。浜口内閣が攻撃された1930年の問題ではない。
④ ✅ 正解「統帥権干犯問題」
浜口雄幸内閣が海軍軍令部の反対を押し切ってロンドン海軍軍縮条約へ調印すると、野党・右翼は兵力量を決める天皇の統帥権を内閣が侵したと攻撃した。これが統帥権干犯問題である。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。