JT3-D57|歴史総合・日本史探究 対策問題
サンフランシスコ平和条約に調印しなかった、または招かれなかった国の説明として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 3
正解
ソ連は出席したが調印を拒否し、中国は会議に招かれなかった
背景・因果
1951年のサンフランシスコ講和会議で、ソ連は出席したものの対日平和条約への調印を拒否し、中国は代表権問題(中華人民共和国と中華民国のどちらを招くか)で招請されなかった。インドなどは条約内容への不満から会議に参加しなかった。このため講和は「単独(多数)講和」と呼ばれた。
覚えるポイント
「全面講和論(南原繁ら)と単独講和論」の国内論争は資料問題の定番。ソ連との国交回復は1956年、中国とは1972年と、講和の「積み残し」がその後の外交日程になる構造で覚える。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「すべての交戦国が調印した」
ソ連の調印拒否、中国の不招請、インドの不参加などがあり、すべての交戦国が調印したわけではない。この不完全さが後の国交正常化交渉へ残された。
② ❌ 誤答「イギリスは会議に招かれなかった」
イギリスはサンフランシスコ講和会議に参加して条約へ調印した主要連合国である。招かれなかったのは中国などだった。
③ ✅ 正解「ソ連は出席したが調印を拒否し、中国は会議に招かれなかった」
1951年のサンフランシスコ講和会議でソ連は出席したが条約への調印を拒み、中国は代表権問題のため招かれなかった。すべての交戦国を含まない多数講和となった。
④ ❌ 誤答「アメリカが調印を拒否した」
アメリカは講和会議を主導し、日本と平和条約へ調印した。同日に日本との安全保障条約も結んでいる。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。