JT3-D22|歴史総合・日本史探究 対策問題
1932年の五・一五事件の歴史的意味として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 3
正解
犬養毅首相が暗殺され、戦前の政党内閣の時代が終わった
背景・因果
1932年5月15日、海軍青年将校らが首相官邸を襲い、「話せば分かる」と説いたとされる犬養毅首相を射殺した(五・一五事件)。後継には海軍穏健派の斎藤実が就き、1924年の加藤高明内閣以来続いた「憲政の常道」(政党内閣の慣行)は崩れ、敗戦まで政党内閣は復活しなかった。
覚えるポイント
「五・一五(1932年)=政党内閣の終わり」「二・二六(1936年)=軍部の発言力強化」と、2つの事件の歴史的意味を区別して覚えるのが最重要。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「政党内閣が初めて成立した」
本格的な政党内閣として知られる原敬内閣は1918年に成立し、政党内閣が交代する憲政の常道は1924年から続いていた。1932年は成立ではなく終焉の画期である。
② ❌ 誤答「日本が国際連盟に加盟した」
日本は国際連盟が発足した1920年に常任理事国として加盟した。五・一五事件の翌1933年にはむしろ満州事変をめぐって連盟脱退を通告した。
③ ✅ 正解「犬養毅首相が暗殺され、戦前の政党内閣の時代が終わった」
1932年の五・一五事件で海軍青年将校らが犬養毅首相を暗殺し、後継には斎藤実が就いた。これにより戦前の政党内閣の慣行である憲政の常道が終わった。
④ ❌ 誤答「陸軍の皇道派が粛清された」
陸軍皇道派が一斉に処分され主導権を失ったのは、1936年の二・二六事件失敗後である。海軍青年将校らが中心の五・一五事件の直接的結果ではない。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。