JH-D3-06歴史総合・日本史探究 対策問題

日本史探究D 近現代の地域・日本と世界(3) 近現代の地域・日本と世界の画期と構造

戦前の政党内閣の時代について述べた記述として最も適切なものはどれか。

解答・解説を見る

正解: 4

正解

加藤高明内閣以降「憲政の常道」と呼ばれる政党内閣の慣行が続いたが、五・一五事件で終わった

背景・因果

護憲三派内閣の加藤高明以降、衆議院の多数党の党首が組閣する「憲政の常道」が慣行となった。1932年の五・一五事件で犬養毅首相が海軍青年将校らに暗殺され、政党内閣の時代は終わって挙国一致内閣が続く。1936年の二・二六事件(陸軍皇道派の反乱、高橋是清らが殺害)と混同しないこと。

覚えるポイント

  • 核となる対応:「加藤高明内閣以降「憲政の常道」と呼ばれる政党内閣の慣行が続いたが、五・一五事件で終わった」。護憲三派の加藤高明内閣以降、衆議院多数党の党首が組閣する『憲政の常道』が慣行化した。1932年の五・一五事件で犬養毅が暗殺され、政党内閣は途絶えた。

  • 混同防止「政党内閣は大日本帝国憲法に明文で定められた制度だった」:大日本帝国憲法は衆議院多数党党首を首相にする制度を明記していない。憲政の常道は政治的な慣行であり、憲法上の義務ではない。

選択肢別の検討

① ❌ 誤答「政党内閣は大日本帝国憲法に明文で定められた制度だった」
大日本帝国憲法は衆議院多数党党首を首相にする制度を明記していない。憲政の常道は政治的な慣行であり、憲法上の義務ではない。

② ❌ 誤答「五・一五事件の後も政党内閣は太平洋戦争まで続いた」
五・一五事件後は斎藤実の挙国一致内閣が成立し、政党党首による内閣は終わった。太平洋戦争まで継続したという説明は誤りである。

③ ❌ 誤答「二・二六事件で犬養毅首相が暗殺された」
犬養毅首相が暗殺されたのは1932年の五・一五事件である。1936年の二・二六事件では高橋是清・斎藤実らが殺害された。

④ ✅ 正解「加藤高明内閣以降「憲政の常道」と呼ばれる政党内閣の慣行が続いたが、五・一五事件で終わった」
護憲三派の加藤高明内閣以降、衆議院多数党の党首が組閣する『憲政の常道』が慣行化した。1932年の五・一五事件で犬養毅が暗殺され、政党内閣は途絶えた。

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

関連問題

JH-D3-02BJH-D3-07