JT3-D62|歴史総合・日本史探究 対策問題
沖縄の戦後史について述べた文として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 3
正解
1972年の本土復帰後もアメリカ軍基地の多くが残った
背景・因果
沖縄はサンフランシスコ平和条約発効後もアメリカの施政権下に置かれ、祖国復帰運動の高まりと佐藤・ニクソン会談を経て1972年に本土復帰した。しかしアメリカ軍基地の大部分は残り、現在も在日米軍専用施設の約7割が沖縄に集中するという課題が続いている。
覚えるポイント
「講和で本土は独立、沖縄・小笠原は米施政権下に残る」という1952年の分岐が最重要。小笠原返還(1968年)→沖縄返還(1972年)の順序も整序で問われる。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「復帰と同時にすべての基地が撤去された」
復帰によって日本の施政権は戻ったが、日米安全保障体制のもと基地がすべて撤去されたわけではない。多数の基地が引き続き使用された。
② ❌ 誤答「沖縄はソ連の占領下に置かれていた」
沖縄は第二次世界大戦後、ソ連ではなくアメリカの施政権下に置かれた。アメリカ民政府などによる統治が1972年まで続いた。
③ ✅ 正解「1972年の本土復帰後もアメリカ軍基地の多くが残った」
沖縄は1972年に本土復帰したが、アメリカ軍基地の多くは存続した。在日米軍専用施設が沖縄へ集中する問題は復帰後も続いている。
④ ❌ 誤答「1952年の講和条約発効と同時に本土へ復帰した」
1952年のサンフランシスコ平和条約発効後も沖縄はアメリカの施政権下に残された。本土復帰は祖国復帰運動などを経た1972年である。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。