RS-C3-03|歴史総合・日本史探究 対策問題
満州事変から国際連盟脱退までの流れとして正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 1
正解
柳条湖事件 → 満州国建国 → リットン調査団の報告 → 国際連盟脱退通告
背景・因果
1931年の柳条湖事件(関東軍による鉄道爆破)から満州事変が始まり、1932年に満州国が建国された。リットン調査団の報告に基づく勧告案が採択されると、1933年に日本は国際連盟脱退を通告した。国際協調路線からの離脱を示す流れとして頻出。
覚えるポイント
核となる対応:「柳条湖事件 → 満州国建国 → リットン調査団の報告 → 国際連盟脱退通告」。1931年の柳条湖事件を口実に関東軍が軍事行動を拡大し、1932年に満州国を建国した。リットン報告を受けた連盟の勧告後、1933年に日本が脱退を通告する順である。
混同防止「国際連盟脱退通告 → 柳条湖事件 → 満州国建国」:国際連盟脱退通告は1933年で、1931年の柳条湖事件と1932年の満州国建国より後である。原因と国際的反応の順序が逆転している。
選択肢別の検討
① ✅ 正解「柳条湖事件 → 満州国建国 → リットン調査団の報告 → 国際連盟脱退通告」
1931年の柳条湖事件を口実に関東軍が軍事行動を拡大し、1932年に満州国を建国した。リットン報告を受けた連盟の勧告後、1933年に日本が脱退を通告する順である。
② ❌ 誤答「国際連盟脱退通告 → 柳条湖事件 → 満州国建国」
国際連盟脱退通告は1933年で、1931年の柳条湖事件と1932年の満州国建国より後である。原因と国際的反応の順序が逆転している。
③ ❌ 誤答「リットン調査団の報告 → 柳条湖事件 → 満州国建国」
リットン調査団は満州事変後に派遣されたため、その報告が柳条湖事件より先になることはない。柳条湖事件、満州国建国、報告の順である。
④ ❌ 誤答「満州国建国 → 柳条湖事件 → 国際連盟脱退通告」
満州国建国は1932年で、その契機となった柳条湖事件は1931年に先行する。建国を事件より前に置いている点が誤りである。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。