RS-D3-03|歴史総合・日本史探究 対策問題
プラザ合意(1985年)とその後の日本経済について述べた記述として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 4
正解
ドル高是正の合意で急激な円高が進み、その後の低金利政策の下で株価と地価が高騰するバブル経済が生じた
背景・因果
プラザ合意は先進5か国(G5)によるドル高是正の合意で、円相場は1年余りで約240円から150円台へ急騰した。円高不況への対策として進められた低金利が過剰な資金を生み、バブル経済(1980年代後半)につながった。1990年代初めの崩壊後は平成不況・不良債権問題が続く。
覚えるポイント
核となる対応:「ドル高是正の合意で急激な円高が進み、その後の低金利政策の下で株価と地価が高騰するバブル経済が生じた」。1985年のプラザ合意はG5がドル高を是正するため協調介入を決めたもので、急速な円高を招いた。円高不況対策の低金利と過剰流動性が、株価・地価の上昇するバブル経済につながった。
混同防止「この合意で円安が進み、輸出産業は大きな打撃を受けた」:合意後に進んだのは円安ではなく円高で、輸出産業は円高によって打撃を受けた。為替方向だけが逆で、後半の輸出への影響と論理的にも一致しない。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「この合意で円安が進み、輸出産業は大きな打撃を受けた」
合意後に進んだのは円安ではなく円高で、輸出産業は円高によって打撃を受けた。為替方向だけが逆で、後半の輸出への影響と論理的にも一致しない。
② ❌ 誤答「プラザ合意の直後に日本は世界恐慌に突入した」
直後には円高不況が起きたが、低金利の下で1980年代後半のバブルへ移行した。世界恐慌に直ちに突入したのではなく、バブル崩壊は1990年代初めである。
③ ❌ 誤答「この合意は日本の高度経済成長の出発点となった」
高度経済成長は1950年代半ばに始まり、1973年の石油危機を画期に終わった。1985年のプラザ合意はその出発点ではなく、安定成長期の出来事である。
④ ✅ 正解「ドル高是正の合意で急激な円高が進み、その後の低金利政策の下で株価と地価が高騰するバブル経済が生じた」
1985年のプラザ合意はG5がドル高を是正するため協調介入を決めたもので、急速な円高を招いた。円高不況対策の低金利と過剰流動性が、株価・地価の上昇するバブル経済につながった。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。