KZ-R7T-03歴史総合・世界史探究 対策問題

共通テスト図版チャレンジ令和7年度 追・再試験

スライドは、ある国の「統一連邦」構想(上段に統一連邦、中段にA〜C地区、下段に州)を図示したものである。この図は1946年ごろのどの地域の独立構想を示すか。

KZ-R7T-03の問題図版
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正解: 2

正解

インド(ヒンドゥー・ムスリム両教徒の統一国家案)

この問題のポイント

1946年ごろの「統一連邦」構想がどの地域のものかを問う問題。イギリス撤退前夜のインドで模索された閣僚使節団案と、その挫折による印パ分離独立の知識で解ける。

解説

第二次世界大戦後、疲弊したイギリスはインドからの撤退を決めた。問題は、独立後の国のかたちである。
多数派のヒンドゥー教徒を基盤とする国民会議派は統一インドを主張し、ムスリム連盟(ジンナー)はムスリム国家パキスタンの分離を求めて対立していた。
1946年、イギリスの閣僚使節団は妥協案を示す。全体を一つの統一連邦としつつ、その下に宗教人口の構成が異なるA〜Cの地区を置き、州に大幅な自治を与える、という階層的な構想である。スライドの図はこれを示す。
しかし両者の不信は埋まらず構想は崩壊し、1947年、インドとパキスタンの分離独立という形で決着することになった。

ひっかけポイント
図の階層構造(連邦−地区−州)から連邦制の構想と見抜く。ドイツ・朝鮮・ベトナムの分断は冷戦を背景とする戦後の分断で、宗教対立を軸とするインドの事例とは性格が異なる。

選択肢の確認

①「ベトナム(南北統一案)」
誤り。
ベトナムは1945年にホー・チ・ミンが独立を宣言し、翌年からフランスとのインドシナ戦争に入った。南北の分断は1954年のジュネーヴ休戦協定以後である。

②「インド(ヒンドゥー・ムスリム両教徒の統一国家案)」
正しい。
イギリス撤退前夜のインドでは、ヒンドゥー教徒とムスリムを一つの連邦にまとめ地区・州に大幅な自治を与える閣僚使節団案が模索された。

③「ドイツ(東西統一案)」
誤り。
ドイツが東西に分断されるのは1949年で、1946年にはまだ連合国の占領統治下にあり、独立に向けた統一連邦構想という状況ではない。

④「朝鮮半島(南北統一案)」
誤り。
朝鮮半島は1945年から北緯38度線で米ソに分割占領され、1948年に南北の政府が別々に成立した。連邦・地区・州という構成とは合わない。

覚えるポイント

  • 1946年閣僚使節団案=統一連邦の妥協案
  • 国民会議派は統一、ムスリム連盟(ジンナー)は分離を主張
  • 構想挫折で1947年印パ分離独立へ

共通テスト攻略

  • 資料を先に観察:題名・年代・作成者・注記・凡例・単位を確認し、資料に直接示された事実と、知識から推測した内容を分ける。
  • 既習事項と接続:資料中の固有名詞・制度・数量の変化を手掛かりに、同時代の政治・社会・対外関係へ結び付ける。資料にないことを印象だけで補わない。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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