WT4-A25歴史総合・世界史探究 対策問題

世界史探究D 諸地域の結合・変容(3) 帝国主義とナショナリズムの高揚

「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれた20世紀初頭のバルカン半島の状況として最も適切なものはどれか。

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正解: 1

正解

オスマン帝国の後退で生じた空白をめぐり、諸民族の運動と列強の思惑が交錯していた

この問題のポイント

「ヨーロッパの火薬庫」バルカン半島の状況を問う問題。オスマン帝国後退の空白に、諸民族の運動と列強のパン主義が交錯した構図を理解する。

解説

バルカン半島は長くオスマン帝国の支配下にあったが、19世紀に帝国が衰えると、セルビア・ギリシア・ブルガリアなどの諸民族が次々と独立・自治を獲得した。問題は、この力の空白に列強の思惑が流れ込んだことである。

ロシアは、同じスラヴ系民族の連帯をうたうパン・スラヴ主義を掲げてセルビアなどを支援し、地中海への南下をねらった。対するドイツ・オーストリアパン・ゲルマン主義を背景にバルカンへ進出した。1908年、オーストリアがスラヴ系住民の多いボスニア・ヘルツェゴヴィナを併合すると、セルビアの反墺感情は決定的になった。

1912〜13年には2度のバルカン戦争が起こった。第1次ではバルカン同盟がオスマン帝国を破ったが、第2次では獲得地の分配をめぐって同盟国どうしが戦い、民族対立はさらに複雑化した。

民族・宗教・列強の利害が幾重にも絡むこの状況が「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれ、1914年6月のサライェヴォ事件(墺帝位継承者暗殺)が第一次世界大戦の引き金となったのである。

ひっかけポイント
パン・スラヴ主義(ロシア・セルビア側)とパン・ゲルマン主義(独・墺側)の陣営の取り違えに注意。ボスニア併合(1908年)→バルカン戦争(1912〜13年)→サライェヴォ事件(1914年)の順序も整序で頻出。

選択肢の確認

①「オスマン帝国の後退で生じた空白をめぐり、諸民族の運動と列強の思惑が交錯していた」
正しい。
正解。オスマン帝国の後退で生じた空白をめぐり、スラヴ系諸民族の統一運動とドイツ・オーストリアの進出が衝突し、火薬庫と呼ばれた。

②「単一民族による安定した統一国家が存在した」
誤り。
バルカンにはセルビア・ブルガリアなど多数の民族と国家が入り組んでおり、単一民族の安定した統一国家は存在しなかった。

③「列強はバルカンに関心を持たなかった」
誤り。
ロシアはパン・スラヴ主義、ドイツ・オーストリアはパン・ゲルマン主義で深く関与しており、無関心ではなかった。

④「宗教対立はまったく存在しなかった」
誤り。
正教・カトリック・イスラームが入り混じる地域であり、宗教の違いが民族対立と結び付いていた。

覚えるポイント

  • バルカン=オスマン帝国後退の空白に民族運動と列強が交錯
  • パン・スラヴ主義(露)対パン・ゲルマン主義(独墺)
  • ボスニア併合1908年→バルカン戦争1912〜13年→サライェヴォ事件1914年

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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