WT4-A17|歴史総合・世界史探究 対策問題
19世紀末〜20世紀初めのベトナムで、フランス支配に抵抗して日本への留学を呼びかけた運動はどれか。
解答・解説を見る
正解: 4
正解
ドンズー(東遊)運動
この問題のポイント
ベトナムのドンズー(東遊)運動を問う問題。「ファン・ボイ・チャウが日露戦争後の日本への留学を組織した」という担い手と内容で特定できる。
解説
19世紀末、ベトナムはフランスの植民地(仏領インドシナ連邦の一部)となっていた。この支配に抵抗する知識人ファン・ボイ・チャウは、維新会を組織して独立運動を進めた。
彼が注目したのが日本である。日露戦争(1904〜05年)でアジアの国・日本がヨーロッパの大国ロシアを破ると、「日本に学べば独立の力がつく」と考え、ベトナムの青年たちを日本へ留学させるドンズー(東遊)運動を始めた。東遊とは「東(日本)へ行って学ぶ」という意味で、最盛期には200人規模の留学生が日本で学んだとされる。
しかし1907年、日本はフランスと日仏協約を結び、互いの植民地・勢力圏を尊重することを約束した。フランスの要請を受けた日本政府はベトナム人留学生を国外退去させ、ドンズー運動は挫折した。
日本の勝利がアジアの民族運動に希望を与えた一方で、日本自身が列強の一員として運動を裏切った、という光と影の両面がこのテーマの核心である。
ひっかけポイント
運動を挫折させたのが「日仏協約を結んだ日本政府自身」という点が最大のポイント。義和団運動(中国)やタバコ・ボイコット運動(イラン)など他地域の運動との単純な入れ替えにも注意。
選択肢の確認
①「義和団運動」
❌ 誤り。
義和団運動は1900年前後の中国で扶清滅洋を掲げた排外運動であり、ベトナムの運動ではない。
②「タバコ・ボイコット運動」
❌ 誤り。
タバコ・ボイコット運動は1891年のイランでイギリスへの利権譲渡に反対した運動であり、地域も対象も異なる。
③「五・四運動」
❌ 誤り。
五・四運動は1919年の中国で、山東権益の返還要求が退けられたことに反発して起こった運動である。
④「ドンズー(東遊)運動」
✅ 正しい。
正解。ファン・ボイ・チャウは日露戦争に勝った日本を模範とし、青年を日本へ留学させるドンズー運動を進めたが、日仏協約により挫折した。
覚えるポイント
- ドンズー運動はファン・ボイ・チャウが指導、日本留学を推進
- 契機は日露戦争での日本の勝利
- 日仏協約(1907年)で日本が留学生を追放し運動挫折
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。