WT4-A18歴史総合・世界史探究 対策問題

世界史探究D 諸地域の結合・変容(3) 帝国主義とナショナリズムの高揚

1885年に結成され、のちにインド民族運動の中心となった組織はどれか。

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正解: 3

正解

インド国民会議

この問題のポイント

1885年結成のインド国民会議を問う問題。「穏健な発足→ベンガル分割令を機に急進化し4綱領採択」という性格の変化まで押さえたい。

解説

インド大反乱の教訓から、イギリスはインド人エリート層の不満をガス抜きする場を求めた。こうして1885年、ボンベイで発足したのがインド国民会議である。当初は英語教育を受けた弁護士や地主が中心の、イギリスに協力的な穏健な組織だった。

転機は1905年のベンガル分割令である。イギリスは反英運動の中心地ベンガル州を、ヒンドゥー教徒の多い地域とムスリムの多い地域に分割しようとした。宗教対立をあおって民族運動を弱める分割統治の典型である。

これに国民会議は猛反発し、急進派ティラクらの主導する1906年のカルカッタ大会で4綱領を採択した。

  • 英貨排斥(イギリス商品のボイコット)
  • スワデーシ(国産品愛用)
  • スワラージ(自治の獲得)
  • 民族教育

一方イギリスは同じ1906年、ムスリムの親英団体全インド・ムスリム同盟の結成を後押しし、分断を図った。この宗教による分断は、1947年のインドとパキスタンの分離独立にまで尾を引くことになる。

ひっかけポイント
スワデーシ(国産品愛用)とスワラージ(自治獲得)の意味の入れ替えが最頻出。国民会議(1885年・当初は穏健)とムスリム同盟(1906年・親英的に発足)の性格と結成年の混同にも注意。

選択肢の確認

①「タキン党」
誤り。
タキン党はビルマの民族主義組織であり、1930年代に独立運動を担った。インドの組織ではない。

②「サレカット・イスラム」
誤り。
サレカット・イスラムはオランダ領東インドで1910年代に発展した民族組織であり、インドのものではない。

③「インド国民会議」
正しい。
正解。インド国民会議は1885年に発足し、1905年のベンガル分割令を機に急進化して民族運動の中心組織となった。

④「ムスリム同盟」
誤り。
全インド・ムスリム同盟の結成は1906年で、イギリスの分割統治のもとで国民会議に対抗する形で作られた組織である。

覚えるポイント

  • インド国民会議は1885年発足、当初は穏健なエリート組織
  • ベンガル分割令(1905年)に反発しカルカッタ大会で4綱領(1906年)
  • 4綱領=英貨排斥・スワデーシ・スワラージ・民族教育

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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