KZ-R7H-05歴史総合・世界史探究 対策問題

共通テスト図版チャレンジ令和7年度 本試験

図1(19世紀初頭)と図2(20世紀初頭)はバンコクの市街を比べたもので、20世紀には城壁の外へ道路網と市街地が大きく広がっている。この変化を進めたタイの政策として最も適切なものはどれか。

KZ-R7H-05の問題図版
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正解: 4

正解

チュラロンコン(ラーマ5世)らによる上からの近代化改革

この問題のポイント

20世紀初頭にバンコクの市街が城壁の外へ拡大した背景を問う問題。チュラロンコン(ラーマ5世)のチャクリ改革という、タイの上からの近代化で説明できる。

解説

19世紀後半の東南アジアは、次々と欧米の植民地にされていた。タイ(シャム)のチュラロンコン(ラーマ5世、在位1868〜1910年)は、独立を守るため上からの近代化改革(チャクリ改革)を断行する。
奴隷制の廃止、中央集権的な行政・税制の整備、近代的な軍と学校の創設が進められ、鉄道・道路・運河などのインフラも建設された。
首都バンコクでは、防衛のための城壁に囲まれた旧市街の外へ、道路網に沿って市街地が広がった。図2の格子状の道路網は、近代国家建設の空間的な表れである。
王が主導する近代化で植民地化を回避した点は、日本の明治維新としばしば比較される。

ひっかけポイント
タイは植民地化されなかった唯一の東南アジアの国。「フランスによる植民地開発」は仏領インドシナ(ベトナムなど)との混同を誘う選択肢である。

選択肢の確認

①「フランスによる植民地開発」
誤り。
タイは植民地化を免れた国であり、バンコクの都市改造は宗主国ではなくタイ王室自身が主導した。ここが植民地都市との決定的な違いである。

②「鎖国政策の強化」
誤り。
19世紀後半のタイはボーリング条約(1855年)以降むしろ開国と貿易拡大へ向かっており、鎖国の強化という説明は事実と逆である。

③「遊牧生活への回帰」
誤り。
バンコクは定住都市として拡大しており、遊牧生活への回帰という説明は図の変化とまったく対応しない。

④「チュラロンコン(ラーマ5世)らによる上からの近代化改革」
正しい。
正解。チュラロンコン(ラーマ5世)のチャクリ改革が行政・交通の近代化を進め、図2の道路網の拡大と市街地の城壁外への発展をもたらした。

覚えるポイント

  • チュラロンコン=ラーマ5世、チャクリ改革
  • 奴隷制廃止・行政再編・鉄道建設など上からの近代化
  • タイは東南アジアで唯一独立を維持

共通テスト攻略

  • 資料を先に観察:題名・年代・作成者・注記・凡例・単位を確認し、資料に直接示された事実と、知識から推測した内容を分ける。
  • 既習事項と接続:資料中の固有名詞・制度・数量の変化を手掛かりに、同時代の政治・社会・対外関係へ結び付ける。資料にないことを印象だけで補わない。
  • 比較軸をそろえる:二つの時代・地域を、政治の担い手、土地・税制、対外関係、社会への影響など同じ軸で比べ、共通点と相違点を混同しない。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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