KZ-R6TB-07|歴史総合・世界史探究 対策問題
表で最大の投資国であるアメリカは、同じころカリブ海地域への影響力を強めていた。20世紀初めのアメリカの中米・カリブ海政策として最も適切なものはどれか。

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正解: 1
正解
パナマ運河の建設を進めるなど、軍事力と資本を背景に介入を強めた
この問題のポイント
20世紀初めのアメリカの中米・カリブ海政策を問う問題。棍棒外交・ドル外交と呼ばれる軍事力と資本による介入、パナマ運河建設という帝国主義的進出を押さえる。
解説
1898年の米西戦争でキューバを事実上の保護国とし(プラット条項)、プエルトリコを獲得したアメリカは、カリブ海を「裏庭」として勢力下に置いていった。
セオドア・ローズヴェルト大統領は、軍事力を背景とする「棍棒外交」を展開する。1903年にはコロンビアからのパナマの独立を後押しし、独立直後のパナマから運河地帯の権利を獲得して、1914年にパナマ運河を開通させた。
続くタフト大統領は、資本の投下と借款で影響力を広げる「ドル外交」を進めた。表が示すメキシコへの巨額投資も、この資本による進出の一環である。
大西洋と太平洋を結ぶ運河は、アメリカの海軍戦略と通商の要となった。中南米諸国にとっては主権を脅かされる干渉の時代であり、この地域の反米感情の歴史的な根はここにある。
ひっかけポイント
モンロー宣言(1823年)は撤回されておらず、むしろ「米州はアメリカの勢力圏」という介入の論理へ読み替えられた。内政不干渉・完全撤退という説明は実態と正反対である。
選択肢の確認
①「パナマ運河の建設を進めるなど、軍事力と資本を背景に介入を強めた」
✅ 正しい。
正解。20世紀初めのアメリカは棍棒外交・ドル外交で中米・カリブ海への介入を強め、1903年のパナマ独立支援を経て1914年にパナマ運河を開通させた。
②「モンロー宣言を撤回し、ヨーロッパ列強の介入を歓迎した」
❌ 誤り。
モンロー宣言は撤回されておらず、むしろ米州をアメリカの勢力圏とみなして介入を正当化する論理に発展した。
③「中南米諸国と対等な同盟を結び、内政不干渉を厳守した」
❌ 誤り。
当時のアメリカは軍事介入や内政干渉を繰り返しており、対等な同盟と内政不干渉という説明は実態と正反対である。
④「中米・カリブ海地域から完全に撤退した」
❌ 誤り。
アメリカは撤退どころかキューバ・パナマなどへの進出を強めており、完全撤退という説明は事実に反する。
覚えるポイント
- 棍棒外交(セオドア・ローズヴェルト)・ドル外交(タフト)
- 1903年パナマ独立支援、1914年パナマ運河開通
- 米西戦争後のキューバはプラット条項で保護国化
共通テスト攻略
- 資料を先に観察:題名・年代・作成者・注記・凡例・単位を確認し、資料に直接示された事実と、知識から推測した内容を分ける。
- 既習事項と接続:資料中の固有名詞・制度・数量の変化を手掛かりに、同時代の政治・社会・対外関係へ結び付ける。資料にないことを印象だけで補わない。
- 因果の向きを確認:時期が近いだけで結び付けず、「原因→政策・行動→結果」の順に置き、主体と目的がつながるかを確かめる。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。