KZ-R6TB-06歴史総合・世界史探究 対策問題

共通テスト図版チャレンジ令和6年度 追試験(世界史B)

同じ表の1904年という年は、南アフリカ戦争の直後にあたる。この戦争でイギリスと戦った相手はどれか。

KZ-R6TB-06の問題図版
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正解: 2

正解

オランダ系入植者の子孫(ブール人)の共和国

この問題のポイント

1904年の直前に終わった南アフリカ戦争の相手を問う問題。ブール人のトランスヴァール共和国・オレンジ自由国というイギリス帝国主義の基本知識で解ける。

解説

南アフリカには17世紀からオランダ系の入植者が住み着き、その子孫はブール人(アフリカーナー)と呼ばれた。彼らはイギリスのケープ植民地支配を嫌って北へ移動し、トランスヴァール共和国オレンジ自由国を建てた。
ところが両国で金とダイヤモンドが発見されると、イギリスはその利権を狙う。ケープ植民地首相ローズらの拡張政策を経て、1899年に南アフリカ戦争(ブール戦争)が始まった。
イギリスは苦戦の末1902年に勝利し、両共和国を併合した。
表の1904年の人口統計は、戦後の植民地支配を整えるために作られた資料であり、人口調査そのものが課税や管理という支配の道具だった点も読みどころである。

ひっかけポイント
ズールー王国との戦争(19世紀後半)と混同しない。南アフリカ戦争の相手は先住アフリカ人ではなく、オランダ系白人のブール人国家である点が核心。

選択肢の確認

①「エチオピア帝国」
誤り。
エチオピアは1896年のアドワの戦いでイタリアを退けた国で、イギリスとの南アフリカ戦争とは関係がない。

②「オランダ系入植者の子孫(ブール人)の共和国」
正しい。
イギリスは金・ダイヤモンドの利権を求め、ブール人のトランスヴァール共和国とオレンジ自由国を相手に南アフリカ戦争(1899〜1902年)を戦って併合した。

③「ドイツ帝国」
誤り。
ドイツは南西アフリカを植民地としていたが、南アフリカ戦争でイギリスと交戦してはいない。英独の直接の戦争は第一次世界大戦からである。

④「ズールー王国」
誤り。
ズールー王国はイギリスとズールー戦争(1879年)を戦った先住民の王国で、南アフリカ戦争の相手ではない。

覚えるポイント

  • 南アフリカ戦争は1899〜1902年
  • 相手はブール人のトランスヴァール共和国・オレンジ自由国
  • 背景は金・ダイヤモンドの利権、ローズの拡張政策

共通テスト攻略

  • 資料を先に観察:題名・年代・作成者・注記・凡例・単位を確認し、資料に直接示された事実と、知識から推測した内容を分ける。
  • 既習事項と接続:資料中の固有名詞・制度・数量の変化を手掛かりに、同時代の政治・社会・対外関係へ結び付ける。資料にないことを印象だけで補わない。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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