WT6-W06|歴史総合・世界史探究 対策問題
1919年3月に朝鮮で起こった独立運動はどれか。
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正解: 2
正解
三・一独立運動
この問題のポイント
1919年3月の朝鮮の独立運動を問う問題。三・一独立運動を、同年5月の中国の五・四運動と区別できるかがカギ。
解説
1910年の韓国併合以来、朝鮮は日本の武断政治のもとに置かれていた。
パリ講和会議で唱えられた民族自決の潮流と、前皇帝高宗の死をきっかけに、1919年3月1日、ソウルで独立宣言が読み上げられ、「独立万歳」を叫ぶデモが朝鮮全土へ広がった。これが三・一独立運動である。
朝鮮総督府は軍隊・警察を動員して運動を弾圧したが、国際的な批判もあり、統治方針を武断政治から「文化政治」へ転換せざるを得なくなった。
また運動後、中国の上海に大韓民国臨時政府が樹立された。同じ1919年の5月には中国で五・四運動が起こっており、「3月朝鮮→5月中国」の連続として整序で問われる。
ひっかけポイント
三・一運動(朝鮮・3月)と五・四運動(中国・5月)の国と月の入れ替えが最頻出。義兵運動(併合前の抵抗)や甲午農民戦争(1894年)は時代が異なる。
選択肢の確認
①「甲午農民戦争」
❌ 誤り。
甲午農民戦争は1894年に起こった東学の農民蜂起であり、日清戦争の契機となった。
②「三・一独立運動」
✅ 正しい。
正解。1919年3月1日にソウルで独立を叫ぶデモが始まり朝鮮全土へ広がった三・一独立運動で、日本は統治方針を文化政治へ転じた。
③「五・四運動」
❌ 誤り。
五・四運動は1919年5月に中国で起こった反日・反帝国主義の運動である。
④「義兵運動」
❌ 誤り。
義兵運動は日露戦争前後から韓国併合期にかけての武力抵抗であり、1919年3月の運動とは異なる。
覚えるポイント
- 三・一独立運動は1919年3月1日、朝鮮全土に拡大
- 背景は民族自決の潮流と高宗の死
- 鎮圧後、統治は武断政治から文化政治へ転換
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。