WT6-W07歴史総合・世界史探究 対策問題

世界史探究D 諸地域の結合・変容(4) 第二次世界大戦と諸地域の変容

1919年5月に中国で起こった五・四運動の直接のきっかけはどれか。

解答・解説を見る

正解: 1

正解

パリ講和会議で山東のドイツ権益返還が退けられたこと

この問題のポイント

五・四運動の直接のきっかけを問う問題。パリ講和会議での山東権益返還要求の拒否が答え。

解説

第一次世界大戦中の1915年、日本は中国に二十一カ条の要求を突きつけ、山東省の旧ドイツ権益の継承などを認めさせていた。
大戦後のパリ講和会議で、中国は二十一カ条要求の取り消しと山東の旧ドイツ権益の返還を訴えた。しかし列強はこれを退け、権益の日本継承を認めた。
この報が伝わると、1919年5月4日、北京大学の学生を中心にデモが起こり、反日・反帝国主義の運動が商人・労働者を巻き込んで全国に広がった。これが五・四運動である。
世論に押された中国政府はヴェルサイユ条約の調印を拒否した。この運動は中国ナショナリズムの出発点となり、1921年の中国共産党結成の土壌ともなった。

ひっかけポイント
「二十一カ条要求(1915年)→パリでの拒否→五・四運動(1919年)」の因果の鎖が最頻出。満洲事変(1931年)など後の事件と時期を混同しない。

選択肢の確認

①「パリ講和会議で山東のドイツ権益返還が退けられたこと」
正しい。
正解。パリ講和会議で山東の旧ドイツ権益の返還要求が退けられたことに反発し、1919年5月4日に北京の学生デモから五・四運動が広がった。

②「満洲事変が起こったこと」
誤り。
満洲事変は1931年の出来事であり、五・四運動より12年後である。

③「清朝が滅亡したこと」
誤り。
清朝の滅亡は1912年であり、辛亥革命の結果である。

④「アヘン戦争に敗北したこと」
誤り。
アヘン戦争の敗北は1842年の南京条約に至る出来事であり、80年近く前のことである。

覚えるポイント

  • 五・四運動は1919年5月4日、北京の学生から全国へ
  • きっかけは山東権益返還要求の拒否
  • 中国はヴェルサイユ条約調印を拒否

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

関連問題

WT6-W06WT6-W08