WT7-C02|歴史総合・世界史探究 対策問題
1948〜49年のベルリン封鎖について述べた文として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 1
正解
ソ連が西ベルリンへの陸路を遮断し、西側は大空輸で対抗した
この問題のポイント
ベルリン封鎖の構図を問う問題。ソ連が西ベルリンへの陸路を遮断し、西側が大空輸で対抗した、という対応関係で解ける。
解説
敗戦ドイツは米英仏ソの4カ国に分割占領され、ソ連占領地区の中にある首都ベルリンも4カ国で分割管理されていた。
1948年6月、米英仏が占領地区で通貨改革を実施すると、ソ連はこれに反発し、西ベルリンに通じる陸路・水路をすべて遮断した(ベルリン封鎖)。西ベルリン200万市民を人質に取る形である。
西側は武力突破ではなく、生活物資を約11カ月間空輸し続ける「大空輸」で対抗した。ソ連は1949年5月に封鎖を解除した。
直後の1949年、西にドイツ連邦共和国、東にドイツ民主共和国が相次いで成立し、ドイツの分断は確定した。武力衝突を避けつつ対抗する、冷戦型の危機管理の原型とされる。
ひっかけポイント
封鎖したのはソ連、封鎖されたのは西ベルリンという主体の取り違えが定番。武力衝突には発展しておらず、「封鎖(1948年)→空輸→東西ドイツ成立(1949年)」の順序が頻出。
選択肢の確認
①「ソ連が西ベルリンへの陸路を遮断し、西側は大空輸で対抗した」
✅ 正しい。
正解。西側占領地区の通貨改革に反発したソ連が1948年に西ベルリンへの陸路を遮断すると、米英は約11カ月の大空輸で対抗した。
②「アメリカが東ベルリンを封鎖した」
❌ 誤り。
封鎖したのはソ連であり、対象は東ベルリンではなく西ベルリンであった。
③「封鎖は武力衝突に発展して第三次世界大戦となった」
❌ 誤り。
米ソは直接の武力衝突を避け、空輸という手段で対抗した。世界大戦にはなっていない。
④「封鎖の結果、西ベルリンはソ連領となった」
❌ 誤り。
ソ連は1949年5月に封鎖を解除し、西ベルリンは西側の管理下にとどまった。
覚えるポイント
- ベルリン封鎖は1948〜49年、ソ連が陸路遮断
- 西側は大空輸で対抗、約11カ月継続
- 1949年に東西ドイツが分立
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。