WT7-D14|歴史総合・世界史探究 対策問題
1948年に国連総会で採択された、人権保障の国際的な基準を示した文書はどれか。
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正解: 1
正解
世界人権宣言
この問題のポイント
1948年採択の国際人権文書を問う問題。国連総会の世界人権宣言を、各国内の人権文書と区別できるかがカギ。
解説
ホロコーストをはじめとする第二次世界大戦の惨禍は、人権侵害を各国の国内問題として放置してはならない、という反省を国際社会に迫った。
1948年12月10日、国連総会は世界人権宣言を採択した。すべての人間は生まれながらに自由で尊厳と権利において平等である、と宣言し、人権保障の国際的な共通基準を初めて示した文書である。
ただし宣言自体に法的拘束力はなかった。そこで1966年、条約として拘束力を持つ国際人権規約が採択された。
「ホロコースト→世界人権宣言→国際人権規約」という系譜で、人権が国内問題から国際的関心事へ転換した流れを押さえよう。12月10日は現在も人権デーとされている。
ひっかけポイント
フランス人権宣言(1789年・一国の文書)、権利章典(1689年・イギリス)との名称・性格の混同を突く選択肢が定番。世界人権宣言は国連総会の採択文書である。
選択肢の確認
①「世界人権宣言」
✅ 正しい。
ホロコーストなど大戦の惨禍への反省から、1948年12月10日に国連総会が世界人権宣言を採択し、すべての人間の尊厳と権利の平等を国際的な共通基準として掲げた。
②「権利章典」
❌ 誤り。
権利章典は名誉革命後の1689年にイギリスで定められた法であり、20世紀の国連の文書ではない。
③「人権宣言」
❌ 誤り。
人権宣言はフランス革命期の1789年に出された一国の宣言であり、1948年の国連の文書とは別である。
④「大西洋憲章」
❌ 誤り。
大西洋憲章は1941年に米英首脳が発表した戦後構想の原則であり、人権保障の国際基準を定めた文書ではない。
覚えるポイント
- 世界人権宣言は1948年12月10日、国連総会で採択
- 背景はホロコーストなど大戦の惨禍への反省
- 法的拘束力は国際人権規約(1966年)で付与
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。