WT7-C01歴史総合・世界史探究 対策問題

世界史探究E 地球世界の課題(1) 国際機構の形成と平和への模索

1946年にチャーチルが行った演説で用いた、ヨーロッパの東西分断を表す言葉はどれか。

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正解: 2

正解

鉄のカーテン

この問題のポイント

1946年のチャーチル演説の言葉を問う問題。ヨーロッパの東西分断を表す「鉄のカーテン」が答え。

解説

第二次世界大戦の終結後、ソ連は軍事的に解放した東欧諸国に、次々と親ソ的な政権を打ち立てていった。
前イギリス首相チャーチルは1946年3月、アメリカのフルトンで演説し、「バルト海のシュテッティンからアドリア海のトリエステまで、大陸を横切って鉄のカーテンが降ろされた」と述べ、ソ連の東欧支配を厳しく批判した。
この言葉は、ヨーロッパが東西2つの陣営に分断されつつある現実を鮮烈に表現し、冷戦の到来を告げる象徴となった。
翌1947年にはアメリカがトルーマン・ドクトリンで共産主義封じ込めを宣言し、冷戦は本格化していく。演説時のチャーチルが首相の座を退いていた点も細かい論点である。

ひっかけポイント
封じ込め(トルーマン・ドクトリン、1947年)やドミノ理論(ベトナム介入の論理)、デタント(1970年代の緊張緩和)との用語の混同に注意。演説の場所はアメリカである。

選択肢の確認

①「デタント」
誤り。
デタントは1960年代後半から70年代にかけての米ソ間の緊張緩和を指す言葉である。

②「鉄のカーテン」
正しい。
正解。チャーチルは1946年にアメリカのフルトンでの演説で、バルト海からアドリア海まで鉄のカーテンが降ろされたと述べてソ連の東欧支配を批判した。

③「ドミノ理論」
誤り。
ドミノ理論は1950年代以降のアメリカで、一国の共産化が周辺へ波及するとしてベトナム介入を正当化した考え方である。

④「封じ込め」
誤り。
封じ込めは1947年前後にアメリカがとった対ソ政策の基本方針であり、外交官ケナンの議論に基づく。

覚えるポイント

  • 鉄のカーテン演説は1946年3月、米フルトンで
  • 演説者はチャーチル(当時は野党側)
  • 翌1947年トルーマン・ドクトリンで冷戦本格化

共通テスト攻略

  • 資料を先に観察:題名・年代・作成者・注記・凡例・単位を確認し、資料に直接示された事実と、知識から推測した内容を分ける。
  • 既習事項と接続:資料中の固有名詞・制度・数量の変化を手掛かりに、同時代の政治・社会・対外関係へ結び付ける。資料にないことを印象だけで補わない。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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