RN9-037|公共・倫理 対策問題
道徳と社会についてのカントとヘーゲルの立場の比較として最も適切なものはどれか。
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正解: 1
正解
カントは個人の内面の善意志と意志の自律に道徳の本質を求めたのに対し、ヘーゲルは道徳は法と統一されて共同体の人倫として実現されるべきだと考えた
この問題のポイント
内面の道徳(カント)と、制度・共同体の中で実現される自由(ヘーゲルの人倫)の対比。ヘーゲルによるカント批判の論点が問われる。
解説
カントは、道徳の本質を個人の内面に求めた。義務に従おうとする善意志だけが無条件に善であり、自ら立てた道徳法則に自ら従う意志の自律こそ自由であるとした。道徳はあくまで各人の動機の問題である。
これに対しヘーゲルは、カントの道徳を内面にとどまる抽象的なものと批判した。自由は個人の心の中だけでなく、家族・市民社会・国家という現実の共同体の制度の中で客観的に実現されなければならない。
外面的な法と内面的な道徳とが弁証法的に統一されたものが人倫であり、人倫は家族から市民社会を経て国家において完成するとされた。
個人の内面か、共同体における実現かという対比は、正義をめぐる現代のリベラリズムと共同体主義の論争にも通じる古典的な対立である。
ひっかけポイント
内面重視と共同体重視の立場の入れ替えが定番。動機・自律のカント、法と道徳を統一した人倫のヘーゲルと対応させる。
選択肢の確認
①「カントは個人の内面の善意志と意志の自律に道徳の本質を求めたのに対し、ヘーゲルは道徳は法と統一されて共同体の人倫として実現されるべきだと考えた」
✅ 正しい。
正解。カントは善意志と意志の自律という個人の内面に道徳の本質を置き、ヘーゲルはそれを抽象的と批判して、法と道徳を止揚した人倫が共同体の中で自由を実現するとした。
②「カントは共同体の制度の中でのみ道徳が実現するとしたのに対し、ヘーゲルは個人の内面の動機だけを問題にした」
❌ 誤り。
誤答理由: 内面と共同体の対応が逆である。動機と自律の内面的道徳がカント、共同体の制度における実現がヘーゲルである。
③「両者はともに、道徳の基準は行為がもたらす幸福の量にあると考えた」
❌ 誤り。
誤答理由: 幸福の量を道徳の基準とするのは功利主義であり、カントもヘーゲルもこの立場には立たない。
④「両者はともに、道徳は時代や社会によって変わる相対的なものであり、普遍性を持たないと考えた」
❌ 誤り。
誤答理由: カントは道徳法則の普遍性を主張しており、ヘーゲルも自由の実現という理念の必然的展開を説いた。単なる相対主義とする説明は両者に当てはまらない。
覚えるポイント
- カントは善意志・意志の自律という内面の道徳
- ヘーゲルは法と道徳を止揚した人倫を説く
- 人倫は家族・市民社会・国家で完成する
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 比較軸をそろえる:二つの時代・地域を、政治の担い手、土地・税制、対外関係、社会への影響など同じ軸で比べ、共通点と相違点を混同しない。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。